本研究課題では19世紀の東アジアで活躍した西洋人建築技術者の実態を理解するため、(1)ディレクトリー(外国人人名録)を通じた西洋人建築技術者の職種や人数、地域ごとの分布の把握(2)ある特定の建築技術者について経歴と作品を詳細に分析する、ということを行った。 最終年度にあたる今年度の成果は次の通りである。 ・19世紀の香港で発行されていたディレクトリーを閲覧し、建築家、土木技術者、大工などの当時の東アジアで活躍していた建築技術者のデータベースの作成を継続した。外国人建築技術者の数は最初上海に集中し、後に日本の横浜や東京が増え、1890年頃には再び上海や香港に集中することなどが判明した。 ・外国人建築技術者の個別研究として、トーマス・ウォートルスについて研究をおこなった。ウォートルスやその家族が暮らしていた米国カリフォルニア州ロサンゼルス、サンディエゴにおいて現地調査を行い、資料館での資料収集や当時の町並を調査した。ウォートルスは1898年にサンディエゴ近くの行楽地コロナド島でなくなっているが、当時のコロナド島はまだリゾート開発が進行中の発展途上の町だったことが分かった。 ・ウォートルスの建築作品や炭鉱開発に伴う土木施設について研究を行ない、研究成果を英国建築史学会の会誌(Architectural History)、日本建築学会技術報告集に発表した。具体的には、大阪造幣寮鋳造場に関する研究を英国の植民地拡大という観点から見直した論文、ウォートルスが離日後のニュージーランドで手掛けた鉱山開発に関する論文である。特に、ニュージーランドの鉱山開発に関しては、ウォートルスや兄弟が日本にいる間に携わった鉱山開発や、後に成功した米国コロラド州の鉱山開発との関連を検討することが今後の課題である。
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