視覚情報による物体識別の手掛かりとして素材感や質感の表現が果たす役割が注目されている。素材知覚の獲得には触感情報が重要であるが、触感との関わりを含む素材感知覚の神経メカニズムはよく分っていない。同一個体において素材感の知覚特性とニューロンレベルの電気活動の関連性を明らかにする必要があり、サルを用いた行動実験と電気記録実験、およびヒト被験者の行動実験との比較対照が欠かせない。しかしサルがヒトと同様の素材識別を行うかどうかは明らかでない。本研究はサルの行動実験を起点とする。ニホンザル3頭に触感と視覚を組みあわせた素材識別課題を訓練を実施した。素材識別指標として5つの参照刺激(木、金属、絨毯、毛皮、ゲルシート)を使用した。開始レバー表面にテスト用の素材刺激、回答レバー表面に5種の参照刺激を取り付け、同じ素材刺激の回答レバーを押すと報酬を与えた。視覚情報と触感情報を分けるために、直接手元が見えないように手元の視界を遮蔽した。数ヶ月にわたる訓練期間を経て5つ参照刺激に対する正答率が95%を超えるようになった。2頭のサルに新規素材96ヶを触らせたところ、そのカテゴリー分けには整合性があり、ヒト被験者に類似した結果を得た。一方、個々の素材のカテゴリー分けには個体差、ヒトとの差が見られ、これらのサルが素材弁別の習熟過程にあることを示している。回答レバーの位置を変更して回答レバーの位置を視認させて、触感と視覚情報を連合させる課題を行わせたところ、素材識別に影響を与える困難な課題であることが判明した。以上の結果は、サルにおける素材知覚がヒトのそれとくらべて未熟ないしは新規に獲得されるような知覚作業であり、サルを用いた電気記録実験の結果から素材認知のメカニズムを考える際に記録対象の認知行動を慎重に見極める必要があることを示している。これらの成果を、国内外の学会で報告した。
|