研究課題/領域番号 |
17K07067
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研究機関 | 沖縄科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
荒木 亮 沖縄科学技術大学院大学, 臨界期の神経メカニズム研究ユニット, 研究員 (60649078)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 細胞形態計測 / 細胞内記録法 / ギャップ結合 / 三次元蛍光画像 / キンカチョウ / 聴覚情報処理 / 光シート顕微鏡 / 脳透明化手法 |
研究実績の概要 |
鳴鳥であるキンカチョウは,同種のさえずりを聞き覚えることで種特異的かつ個体独自の歌を身に付ける。この歌は音響学的特徴の異なる短い発声(シラブル)が定型的な配列で並ぶ構造をもつ。本研究は一次聴覚野で種特異的な歌のリズムとシラブルの音響学的特徴を分離・符号化するHF神経・LF神経の応答が,シラブル配列によって受ける応答修飾を明らかにすることで,配列情報の符号化則の理解を目指す。神経の形態はその機能を規定する重要な要素である。しかし,HF・LF神経は形態学的同定がなされていない。令和元年度では,生体内細胞内記録法によってHF神経の聴覚応答記録を推し進めつつ,導入したトレーサーから細胞形態を透明化脳内で可視化・三次元光シート顕微鏡像から細胞の形態計測を行った。これを,蛍光タンパク発現を発現させた一次聴覚野神経の大規模形態計測から作成した細胞型カタログと比較することで,その応答特性に応じて特異な形態学的特質を備えているか調べた。その結果,HF神経は一次聴覚野神経の中で小から中サイズの細胞体を持ち樹状突起の分枝も中程度だが,特徴的な三角錐様の細胞体を持ち,錐体の底辺方向へ樹状突起の分枝が偏っているという他の細胞群とは異なる形態的特徴を有することが示唆された。また,単一のHF神経細胞にトレーサーを導入しても複数の細胞が染色されることから,HF神経はギャップ結合によって近傍の神経細胞と電気的に接続し,活動を同期していると考えられる。HF神経は歌のリズムを持った多様な音刺激に対して応答を示す。それぞれ異なる周波数成分の神経入力を受けるHF神経がギャップ結合で接続することで,樹状突起の広がりを抑えつつ広い周波数帯域に対してそのリズムに応じた応答を示すことが出来るのだと推測される。これらの結果はHF神経の形態的特徴を明らかにし,その局所回路について示唆を与える重要な成果であった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
HF・LF神経からの長期安定した細胞内記録が効率よく出来ておらず,研究の進捗を遅らせている。本研究で用いる生体内細胞記録法では,視覚的な誘導無しに微小電極を脳深部に位置する対象細胞内部へ刺入することで,周辺の局所神経回路を大きく損傷することなく,聴覚刺激に対する膜電位応答を記録することができる。聴覚刺激と膜電位応答との相関関係から,逆相関法を用いて,応答に符号化される刺激の音響学的特徴を導出し,この符号化がシラブルの組み合わせ・時間的配列によってどの様に修飾されるか調査することを計画している。逆相関法による音刺激に対する応答特性の推定とシラブル配列による応答特性の修飾を解析するために必要なデータを得るためには,長時間に亘って安定した細胞内記録を維持することが必要である。しかし,生体内での記録では拍動や呼吸によって脳組織がわずかに揺れ動くことを抑えることはできず,電極と細胞の相対位置が変化することで密閉が弱くなった電極と細胞刺入部位からイオンが入出流することで静止膜電位が不安定になるなどして,十分なデータを得ることが難しかった。しかし,年度末には細胞内に刺入する微小ガラス管電極の形状を見直し,脳組織の動きに追従できる柔軟性を持ちつつ,脳内の神経線維密度の高い層を突破できる強度を持つ電極を作成する方法を確立した。この電極を用いてHF神経から比較的安定して記録を行うことが可能となっている。 HF・LF神経は発火応答でのみ同定されており,これらの細胞群がそれぞれ単一,或いは応答特性の一部を共通する複数の細胞型からなるのか明らかでない。改良した電極を用いてHF神経に直接トレーサーを導入し,その形態学的特徴を一次聴覚野神経の形態カタログと比較することで明らかにすることが出来た点は大きな進歩であった。しかし,LF神経からの細胞内記録が未だできておらず,その形態学的同定ができていない。
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今後の研究の推進方策 |
微小ガラス管電極の形状を改良したことで,HF神経から長期に亘って生体内細胞内記録を維持することが可能となった。一方で,LF神経の探索には依然困難がある。平成30年度に実施した,脳薄切片上での形態計測では,細胞内記録・形態計測を実施できたLF神経はHF神経の約半数程度にとどまった。LF神経の細胞体は大きいが,恐らく細胞密度がHF神経と比べて低く,視覚的誘導無しでLF神経に記録電極が到達する確率が低と考えられる。原理的に低密度の細胞を効率よく探索することは難しいが,脳組織への電極の刺入一行程当たりの探索細胞数を増加させることで,LF神経からの記録を積み上げてゆく。HF神経の記録と並行してLF神経の探索を行ってゆくが,HF神経のデータが十分に得られた後は,細胞の自発発火頻度・聴覚刺激応答に従ってLF神経選択的に探索おこない,実験の効率を上げてゆく。 令和元年度では,細胞内記録で聴覚応答を確認した神経の形態学的特徴を細胞体近傍の樹状突起の分枝パターンから遠方の軸索投射まで,脳透明化手法と光シート顕微鏡を組み合わせ,記述可能となった。これにより,HF神経の応答を形作る特異な局所神経回路網を示唆するデータが得られている。これをさらに推し進め,HF・LF神経の形態的特徴から,局所神経回路における情報の流れと,どの脳領域に対して発火に符号化された聴覚情報を届けているのか,膜電位応答と形態学的特徴とを合わせて神経回路モデルを構築していく。 シラブルの時間的・組み合わせ配列によってHF・LF神経の聴覚情報符号化を修飾する神経生理機構について,光遺伝学的な操作によって局所時間における抑制性入力の働きを調査する予定であった。しかし,時間解像度は低いが実験条件の検討に比較的時間を要さないカニューラを介した神経薬理学的操作に変更し,応答修飾に抑制性の帰還入力が果たす役割を明らかにすることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
抑制性神経選択的に光受容型膜タンパク質であるハロロドプシンを発現させ,光刺激によってその塩素イオン選択的ポンプ活性を調節することで,HF・LF神経の聴覚応答修飾への抑制性の神経入力の関与を,細胞内記録と組み合わせて,調査する予定であった。しかし,抑制性神経選択的に活性を示すプロモーター領域の選択に慎重な検証が必要となり,細胞内記録自体の実験の遅れも伴って,光刺激と細胞内記録を両立するためのプローブの開発に遅れが生じている。このため次年度使用額が生じた。 研究を推進するため,次年度では時間解像度が劣るもののすでに適用方法と効果が確立している脳内カニューラを介した薬理学的操作へと実験手法を変更し,HF・LF神経の応答修飾に抑制性入力が果たす役割を調査する。そこで,カニューラの挿入・固定・薬剤注入に必要な実験装置の購入に予算を使用する。また,令和元年度の研究で脳透明化処理と光シート顕微鏡による大規模蛍光画像取得を組み合わせ,細胞内記録を行った細胞の包括的な形態計測が可能となった。神経の機能と形態は深く結びついており,細胞体近傍の形態は局所神経回路について,軸索投射先は聴覚情報処理における発火活動の機能的意義について重要な示唆を与える。そこで,応答修飾の生理学的解析と共にこの包括的形態計測を推し進めるため,透明化処理等に必要な薬剤の購入,大規模画像処理に必要なコンピューターの購入も行う。
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