近年、生物の寿命制御に密接に関わる遺伝子群があることが明らかになっ てきたが、それら寿命遺伝子が脳の老化制御に如何に関わるかについては知見が乏し い。私共は寿命遺伝子の一種である Shc 系分子の脳内での機能性につ いて研究を進めた。イタリアのミラノ癌研究所の Pelicci らが細胞の酸化ストレス下でミトコンドリア内膜にあるp66-ShcAが細胞死へ誘導するが、p66-ShcA欠損ではストレス耐性となりマウスが長寿命になることを示していた。私共は脳内ではp66-Shcではなく、ShcB(p69)とShcC(p68)の発現が高いことを示し、その後、ShcC 欠損マウスは記憶学習能力が亢進し、海馬 CA1 神経の シナプス可塑性(長期増強 LTP)が高レベルで維持されること、また、同マウスは脳卒中モデルであるカイニン酸投与後の痙攣発作が低く抑えられ、脳海馬での神経細胞死も軽減されることを報告した。 一方、ShcB 欠損マウスについては小脳依存性の運動学習が低下しプルキンエ細胞での長期抑圧(LTD)が消失し、同時にプルキンエ細胞の小胞体 Caイオンのストアが枯渇していることを明らかにした。ShcBは小胞体へのカルシウムイオンの取込みと濃縮に必要な小胞体膜上のSERCA2ポンプの機能性を維持する上で必須であることを示すことができた。ここにチロシンリン酸化が関与するかどうかは明らかにすることができなかったが、本研究で、脳内発現の高い2種類の神経特異的ホスホチロシンシグナルアダプターであるShcBとShcCが神経可塑性に関与することを解明した。長崎から福岡への移籍当初は研究機器と資材の移動を予定していたが、その後の大学の方針転換で生化学的な実験が一切できなくなったので、本研究および老化脳関連の周辺状況の取りまとめに力を割き、英文書籍および日本語書籍をとりまとめた。
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