ヒトの遺伝子やシグナル伝達経路の多くが進化的に保存されている優れたモデル生物であるショウジョウバエを用いて、中枢神経系の発生に関係する遺伝子のスクリーニングを行ってきた。この過程で、脂質代謝酵素の機能欠失型変異体では分裂休止期からの再活性化段階にある神経幹細胞 (Neuroblast; NB) がアポトーシスを起こす事を見出した。変異体において、アポトーシスは再活性化段階にある神経幹細胞以外では観察されなかった。 興味深いことに、変異体において NB そのものにレスキューコンストラクトを発現させてもアポトーシスは抑制されないのに対して、コリン作動性神経で発現させた場合には顕著に抑制できた。従って、変異体 NB のアポトーシスは目的遺伝子のコリン作動性神経における機能の低下に依存して実行されていると考えられる。また、質量分析を用いた解析において、変異体脳内のアセチルコリン量が増加する事を示す結果を得た。すなわち、変異体においてはアセチルコリンの合成が促進されるか、または分解が抑制されることでアセチルコリン量が増加し、NB の再活性化を妨げていると考えられる。さらに、野生型個体の脳を用いた ex vivo 解析において、培養液中にコリンエステラーゼの阻害剤であるドネペジルやリバスチグミンを添加すると NB の再活性化を顕著に抑制できることがわかった。これらの結果は、変異体を用いた実験結果と同様に、過剰量のアセチルコリンの存在下において、NB の再活性化が阻害される事を示唆している。さらに、NB においてアセチルコリン受容体の複数のサブタイプが発現していることを見出した。そこで、遺伝学的な手法を用いてアセチルコリン受容体の発現量を抑制した個体を用いた解析を行ったところ、これらの系統では NB の再活性化が遅延する傾向を認めた。従って NB の再活性化の少なくとも特定の分子機構はアセチルコリンに依存していることが示唆される。
|