ドパミンは記憶形成を含めた様々な脳機能に重要な神経伝達物質である。ドパミンを放出するドパミン作動性神経は非常に大きな神経終末を備えており、従ってこの神経が興奮すると脳の広範囲にドパミンを伝達することができる。一方、記憶形成はその記憶に関与する特異的な神経回路の活性化が必要であると考えられ、このようなドパミン放出機構とは相容れない。研究者はハエ摘出脳を用いた解析から、記憶中枢における神経の可塑的変化におけるドパミン放出は後シナプスである記憶中枢神経からの何らかのシグナルが前シナプスであるドパミン作動性神経終末を活性化し、局所的なドパミン放出誘導を行っていることを見出し、オンデマンド放出と名付けた。この放出は、記憶中枢神経からのシナプス伝達を抑制しても観察されることから、何らかの逆行性シグナルが関与していることが示唆された。薬理学的なスクリーニングにより、一酸化炭素(CO)合成酵素がこのシグナルを伝達していることが示唆された。実際にCOを吸着させる薬剤で脳を処理するとこのオンデマンド放出は抑制された。逆に、COを飽和させた生理食塩水の投与やCO供与体の投与だけでもドパミン放出を誘導できることが見出された。一般に、シナプス小胞放出には細胞内Ca2+の上昇が必要である。CO投与の際のドパミン作動性神経終末のCa2+レベルを観察すると、確かにCOによって細胞内Ca2+が上昇していることが観察された。薬理学的解析によりこのCa2+上昇は細胞外のCa2+によるのでは無く、細胞内Ca2+貯蔵からリアノジン受容体(RyR)を介したCa2+放出によることが示唆された。以上の結果から、ドパミン作動性神経は広範囲なドパミン放出機構と共に、後シナプスからのCOと自身のRyRを介した局所的なドパミン放出機構の2つを備えていることが示唆された。
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