研究課題
てんかんは、人口の約1%が罹患する精神疾患であり、遺伝要因と環境要因が複雑に関係するとされている。しかし、まだその分類法は不十分で、且つその発症・進展機構も理解不足で良い診断・治療法も確立されてはいない。てんかんは、主に「イオンチャンネル」および「神経回路網」のいずれかの異常によってもたらされると考えられている。近年では、いくつかの遺伝性てんかんの原因遺伝子が同定されたが、そのほとんどは「イオンチャンネル関連分子」をコードしていた。その結果、モデル動物の開発も進み、その病態の理解と治療法の開発なども比較的順調に進んでいる。一方、神経回路網異常に起因するてんかんは、ほとんど原因遺伝子が同定されていないため、モデル動物はあまり存在せず、病態の理解や治療法の開発も遅れている。申請者らは“てんかん自然発症ラット(IER)”において、抑制性神経細胞の形態・分布・機能の異常を見出した。しかし、これらの異常がどのようにして“てんかん原生の獲得”に繋がるのか不明である。本研究では、IERの神経回路網形成異常の行程を解明する。さらにIERの原因遺伝子としてDSCAML1を同定した。てんかん患者のゲノム解析から、DSCAML1上の複数のミスセンス変異を同定し、その変異がDSCAML1の機能低下に繋がることを明らかにした。現有の治療薬はてんかん発作を抑制するものの、てんかんの発症自体を防ぐものではない。そこで、DSCAML1の発現や機能を向上させる新規てんかん治療薬のスクリーニングを行う。平成29年度には、(1)てんかん患者型DSCAML1ノックイン(KI)マウスの作製と解析(2)イハラてんかんラット(IER)の神経回路網異常部位の同定、(3)DSCAML1の発現/局在に対し正常化に働く抗てんかん薬のスクリーニング、を遂行した。
2: おおむね順調に進展している
(1)てんかん患者型DSCAML1 KIマウスの作製と解析:てんかん患者のエクソンシークエンスにより、DSCAML1のミスセンス変異を引き起こす6種のSNPを発見した。そのうち、DSCAML1A2105T変異は細胞内に蓄積してしまい、細胞膜に局在できない機能欠損であることを見出している。そこで、CRISPR-Cas9システムを用いてDSCAML1A2105T KIマウスを作製した。次に、組織学的な解析を行ったところ、抑制性神経細胞の形態・分布・機能の異常を見出した。さらに、初代培養神経細胞の解析により、IERと同様の樹状突起伸長阻害が認められた。DSCAML1A2105T KIマウスはヘテロの遺伝子型でも野生型とホモ型の中間の表現型が認められた。てんかん患者はヘテロの遺伝子型であるので、DSCAML1A2105T KIマウスはこのてんかん患者型のモデルマウスになりうると考えている。(2)IERの神経回路網異常とてんかん発作の関連性:嗅内皮質と海馬間の投射経路の異常はヒトのてんかん発作に関与すると考えられている。そこで、生後7日目のIERをホルマリン固定後、蛍光色素を嗅内皮質2/3層に注入したところ、海馬台へ異常に過剰投射をしていることを見出した。(3)DSCAML1の発現/局在に対し正常化に働く抗てんかん薬のスクリーニング:これまでに、DSCAML1A2105T変異体保有のリンパ芽球に対し、薬理学的シャペロンのSAHAと4PBAが、DSCAML1A2105Tを細胞膜に局在させることを確認している。SAHAは4PBAと比較すると細胞毒性が強かったので、神経細胞・個体への投与実験は4PBAで行った。DSCAML1A2105T KIマウスとIER 由来の初代培養神経細胞は樹状突起の伸長阻害が認められるが、4PBA投与によりほぼ野生型と同じ長さまで回復することが確認できた。
所属機関のてんかん患者型DSCAML1 KIマウスが想定以上に、組織学的に異常が認められた。今後、このマウスの解析を中心に進める予定ある。DSCAML1A2105T KIマウスに対して、てんかん誘発実験を行い、脳波測定やてんかん発作の程度をRacine’s epileptic scoreで評価する。さらに、DSCAML1A2105T KIマウスに対して、4PBAの投与実験は開始する。PTZ誘導のてんかん発作に対して、てんかん発作に抵抗性を有するのかを調べる。さらに、扁桃体・海馬・大脳皮質の抑制性神経細胞の形態・分布異常、神経回路異常の改善を検討する。てんかん発作感受性に関しては、脳波の測定も行う。また、発生期(妊娠マウス)や生後の初期段階で、DSCAML1A2105T KIマウスに4PBAを投与する。発生期の投与でてんかん発作を予防/抑制できれば、てんかん原生獲得に対する予防薬の開発に繋がると考えている。近年のエキソーム解析により、様々な神経・精神疾患の患者ゲノム情報が公開されている。統合失調症・発達障害・自閉症などの患者由来のミスセンス変異を伴うDSCAML1を調べ上げる。そして、所属機関のてんかん患者型DSCAML1と併せて解析をする。まず、DSCAML1ミスセンス変異体を培養細胞に発現させ、局在の異常について調べる。また、野生型DSCAML1を海馬初代培養細胞に発現させると、樹状突起伸長や分岐促進のような表現型が得られる。そこで、ミスセンス変異型DSCAML1にも同様の機能を有しているか検討する。これらの解析から機能欠損型であると判断できたら、KIマウスの作製を試みる。当初、予定していたオプトジェネティクスを用いたてんかん誘発抑制の検討は、マウスの作製に時間がかかっているので、掛け合わせを継続する。
初年度予定していた研究(オプトジェネティクス関連)がマウス作製の遅れにより、次年度に持ち越しになった。従って、それに伴う物品費を次年度に回した。
すべて 2018
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
J. Neurosci.
巻: 38 ページ: 1277-1294
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.1545-17.2017