我々が樹立した膵臓特異的変異型Kras発現+TGF-betaII型受容体(Tgfbr2)ノックアウト(KO) (PKFマウス)は、ヒト膵癌の発癌過程と組織像をよく再現し、生存期間中央値59日で癌死する。この膵癌マウスに膵癌の標準治療薬gemcitabineを投与し、経時的に血中で上昇する接着因子VCAM-1に注目した。VCAM-1は膵癌細胞の増殖には直接影響しないが、膵癌組織へとマクロファージを遊走させgemcitabine抵抗性に関わる。ヒトの切除不能膵癌患者においてgemcitabine投与前後で血中VCAM-1が上昇する患者は低下を示す患者に比べ有意に予後不良であり、血中VCAM-1上昇は、無増悪生存に対する独立した予後不良因子であることも明らかとなった。すなわち、血中VCAM-1の変化は、切除不能膵癌患者の予後と相関するバイオマーカーとなる。 一方、この膵発癌マウスにVCAM-1中和抗体を投与すると、gemcitabineを併用せずとも生存期間中央値253日と劇的な生存延長効果を示した。VCAM-1は膵癌組織への炎症細胞浸潤を増加させ、炎症状態にて早期から膵癌の発癌進展を促進していることが示唆され、実際にVCAM-1中和抗体投与により、膵腫瘍の重量が有意に抑制され、血管新生と膵癌細胞の脈管侵襲も阻害されていた。さらに、PKF膵癌マウスでは、70%以上の個体に癌関連血栓塞栓症が生じており、VCAM-1中和抗体によりこの血栓形成の抑制が見られた。膵癌マウスおよびヒト膵癌患者においても血栓塞栓症発症例では血中VCAM-1の上昇がみられ、血栓にはVCAM-1が取り込まれており、血管内皮と白血球の接着アッセイにおいてもVCAM-1阻害により接着の抑制がみられた。すなわち、VCAM-1中和抗体による膵癌関連血栓塞栓症の抑制も膵癌の生命予後に寄与する機序の一つと考えられた。
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