研究実績の概要 |
大腸がんの転移・再発などの悪性化には、多段階的なドライバー遺伝子変異の蓄積が重要であるが、これまでの我々の予備的知見や最近の報告によりp53遺伝子のミスセンス変異に加えて野生型p53遺伝子のLOHによる欠損が悪性化形質の獲得に重要である可能性が示唆される。当研究室では、大腸がんドライバー遺伝子Apc, Kras, Tgfbr2, Trp53, Fbxw7の変異を複合的に組み合わせたマウスモデルを確立しており、それぞれのマウスの腫瘍からオルガノイドを樹立して移植実験を行い、腫瘍形成能力や転移能力をドライバー遺伝子変異の組み合わせから推測することを試みた。その結果、少なくともApc, Kras, Tgfbr2 変異の組み合わせを持つ腫瘍は高い転移能力を保持し、RNA-seq.の結果からこの3つの遺伝子変異によって制御されている遺伝子群を発見し報告した(Canser Research, 78 (5), 2018)。さらに、オルガノイド細胞へ人為的にLOH を誘導した結果、clonal efficiencyの高い細胞が得られた。以前の我々の研究では、変異型p53はほとんどが核に蓄積しており、p53ヘテロ(+/mutant)のがん細胞では細胞質への局在も合わせて見られる。LOHによって野生型P53が消失するとp53 の核蓄積が顕著に増えることから、変異型p53のGain of Function (GOF) が誘導されやすいと考えられた。このGOFによってclonal efficiencyが高くなったと推測している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大腸がん悪性化モデルマウスとして作成したApc, Kras, Tgfbr2, Trp53, Fbxw7変異を複合的に組み合わせたマウス(A, AK, AT, AP, AKT, AKP, ATP, AKTP, AKTF, ATPF, AKTFP)において、原発巣の悪性度を比べた。その結果、(1)Kras変異が入ったマウス個体の腸管腫瘍の形成数は、Kras変異が入らない個体よりも有意に多く、(2)Apc, Kras, Tgfbr2の3つの組み合わせを持つ原発巣の粘膜下層のFibrosisが非常に顕著であること、一方で(3)Kras, Fbxw7変異によって生じる腫瘍はvillus typeでありそれ以外の腺管typeとは異なるphenotypeを示すこと、(4)原発巣から樹立した腫瘍オルガノイドの腫瘍形成能力や転移能力の比較から、Apc, Kras, Tgfbr2の3つの組み合わせが最も高い悪性度に関連していることを見出した(Canser Research, 78 (5), 2018)。 また、上記の3つの組み合わせに加えてTrp53変異を入れた腫瘍オルガノイドから人為的にLOHを誘導すると、 clonal efficiencyが高まることを見出した。さらにFISH, CGH解析などから、このLOHはCopy neutral LOHであることを確認している。この種類のLOHは実際のヒト大腸がんでも観察されるものであり、現在LOHによって誘導されるphenotypeの解析を行なっている。
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今後の研究の推進方策 |
我々の大腸がん悪性化マウスモデルの解析から明らかとなったApc, Kras, Tgfbr2の3つの組み合わせにTrp53変異を入れた腫瘍オルガノイドから人為的にLOHを誘導した細胞において、LOHが誘導する前とどのような遺伝子発現の差があるのか、Single cell sequence解析によって明らかにする。同時に、Trp53が野生型であるAKT/P(+/+)細胞、Trp53が欠失しているAKT/P(-/-)細胞を用意してTrp53のstatusの違いによる腫瘍原生や転移能力などをマウスへの移植実験から明らかにする。また、ヒトの大腸がんオルガノイドの作成を進め、TP53変異もしくはLOHの有無を調べ、悪性度との相関関係を探る。
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