研究課題/領域番号 |
17K07239
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
布施 直之 東北大学, 薬学研究科, 助教 (80321983)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ゲノム科学 / 自然免疫 / 免疫記憶 / ショウジョウバエ |
研究実績の概要 |
生物が、1度感染した病原菌を記憶し、2度目の感染に素早く応答し菌を排除することは、蔓延する病原菌に対抗し生き残るために重要な適応戦略である。従来、原始的な免疫機構である自然免疫には、このような記憶のメカニズムはないと考えられてきたが、近年、記憶を示唆する研究例が蓄積している。例えば、ショウジョウバエに低濃度の菌を感染させ事前に訓練しておくと、その後の高濃度の感染に抵抗性をもつことが示されている。しかし、そのメカニズムは不明な点が多く、議論が続いているのが現状である。重要な問題点の1つは、訓練による免疫増強は、本当に記憶というメカニズムが寄与しているのか、通常の免疫シグナルが残存しているだけなのか、明確ではないことである。本研究は、ショウジョウバエのゲノム科学を用いて、この問題にアプローチし、「自然免疫の記憶」のメカニズムを明らかにすることを目的とする。研究の成果は、新しい免疫機構を解明するだけではなく、ゲノム科学の手法の新しい応用例を提案できる可能性をもつ。 具体的には、ショウジョウバエのゲノムワイド関連解析を用いて、通常の免疫反応と訓練による免疫増強に関連する遺伝子座を同定する。2つの遺伝子座を比較することによって、訓練による免疫増強が通常の免疫シグナルとは異なるメカニズムで制御されているのか、検証する。自然免疫の記憶機構が示唆された場合、それに関与する遺伝子群を網羅的に同定する。個々の遺伝子の役割は、ゲノム編集技術を用いて実証する。さらに、トランスクリプトーム解析から、免疫記憶における遺伝子発現の変化を調べる。これらの解析から、自然免疫の記憶のメカニズムと、それに関与する遺伝子ネットワークの全体像を明らかにする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ショウジョウバエの免疫記憶を検出するために、injectionによる全身性の感染モデルにおいて様々な菌種を用いて訓練効果の検出を試みた。その結果、いくつかの菌種の組み合わせで高い訓練効果が検出された。その条件は、ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)で訓練を行い、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)で本感染を行うものと、マイクロコッカス属菌(Micrococcus luteus)で訓練を行い、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)で本感染を行うものであった。興味深いことに、この組み合わせを入れ替えると訓練効果が検出されなかったことから、訓練効果にはある程度の特異性があることが示唆された。 トランスクリプトーム解析を行なうために、上記2種の組み合わせで、訓練の有無、本感染の有無の計7条件のショウジョウバエを準備し、各条件3レプリカ(計21サンプル)の成虫オスの個体全身からRNAを抽出し、RNA-Seq解析を行なった。HiSeq2000によるシーケンス解析から各サンプルで平均19,400,000リード(各リード100 bases)の配列を取得した。現在、データを解析中であり、今後、訓練による発現変動遺伝子を同定する。 さらに、免疫訓練のゲノムワイド関連解析を行なうために、ゲノム配列が決定されている系統ライブラリーであるDSPR系統(King, Genetics 2012)の一部を用いて、条件検討を行なっている。マイクロコッカス属菌で訓練を行い、黄色ブドウ球菌で本感染を行う条件がより安定的に定量的に訓練効果を検出できることから、この条件でさらに詳細な実験条件(菌の濃度や訓練から本感染までの時間など)を検討している。実験条件が決まり次第、DSPR系統群を用いて、ゲノムワイド関連解析を行なう。
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今後の研究の推進方策 |
トランスクリプトーム解析から、免疫訓練によって発現変動する遺伝子を同定する。今回、訓練と本感染について2種類の組み合わせ(①ネズミチフス菌の訓練で緑膿菌の本感染、②マイクロコッカス属菌の訓練で黄色ブドウ球菌の本感染)で実験を行なった。それぞれの組み合わせで発現変動遺伝子を同定するとともに、両者を比較し、共通して変動する遺伝子を同定する。訓練菌と本感染菌の組み合わせを入れ替えると訓練効果が検出されなかったことから、訓練効果にはある程度の特異性が存在することが示された。したがって、各組み合わせで特異的に変動する遺伝子は特異的な訓練効果に関与する可能性があり、両条件で共通して変動する遺伝子は訓練効果に共通して関与する遺伝子であると予想される。 ゲノムワイド関連解析から、訓練前の通常の免疫応答に関わる遺伝子座と、訓練後の免疫増強に関連する遺伝子座を同定する。2つの遺伝子座を比較することによって、訓練効果に特異的に関与する遺伝子座を同定する。さらに、トランスクリプトーム解析との統合的な解析から、自然免疫の記憶機構に関与する遺伝子群を網羅的に同定する。個々の遺伝子の役割は、ゲノム編集技術を用いて実証する。 近年、「自然免疫の記憶」に関する論文が続々と発表されている(総説として、Netea, Cell Metab 2019など)が、これらの研究は主に哺乳類の培養細胞を用いており、自然免疫の記憶において個体レベルで何が起きているのか、など不明な点も多い。さらに、多様な病原菌がどの程度特異的に記憶されるのか、免疫記憶が次世代に継承されるのか、など重要な問題点も解決していない。本研究は、これらの問題にアプローチすることによって、「自然免疫の記憶」の研究に新たなパラダイムシフトを起こすことを目指していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
若干の差引額が残ったが、平成31年度に使用する予定である。
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