一度感染した病原菌を記憶し、二度目の感染に備えて免疫力を強化する仕組みは、生物が蔓延する病原菌に対抗し生き残るための重要な適応戦略である。従来、原始的な免疫機構である自然免疫には、このような記憶の仕組みはないと考えられていたが、近年、様々な生物種で「自然免疫の記憶」が確認されている。しかし、その分子メカニズムは未だ不明な点も多い。本研究は、自然免疫のみで生体を防御しているショウジョウバエを用いて、ゲノム、トランスクリプトームを統合的に解析することで、「自然免疫の記憶」のメカニズムを明らかにすることを目的とする。 申請者らは、ショウジョウバエに病原性が低い菌(Micrococcus luteus)を感染させ訓練し、その後に病原性が高い菌(Staphylococcus aureus)を本感染すると、訓練無しの時より生存率が上昇することを見出し、訓練効果を明確に検出できる実験系を確立した。この実験系を用いてRNA-Seqによるトランスクリプトーム解析を行った。訓練によって本感染時の発現が増強する398遺伝子を同定し、これらの遺伝子の多くがヒストン修飾因子(SAGA complex)によって発現が制御される免疫関連遺伝子であることがわかった。このことから、ヒストン修飾などのエピゲノム制御が自然免疫の記憶に関与する可能性が示唆された。さらに、訓練によって本感染時の発現が抑制される301遺伝子も同定した。興味深いことに、これらの遺伝子の多くは神経系で発現し、神経伝達を制御する遺伝子であった。このことから、免疫系と神経系のクロストークを予想させる。今後、遺伝学的な手法を用いて、ヒストン修飾や神経伝達に関与する候補遺伝子をノックダウンし、感染抵抗性への影響を調べることによって、自然免疫の記憶のメカニズムに迫る。
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