研究課題/領域番号 |
17K07284
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
古谷 寛治 京都大学, 生命科学研究科, 講師 (90455204)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | DNA損傷 / 細胞周期 / リン酸化 / チェックポイント / DNA複製 / データベース |
研究実績の概要 |
我々の身体の細胞は放射線等により、ゲノムDNAに損傷を受けると一旦その増殖を停止し、損傷の回復の時間を稼ぐ。この仕組みをDNAチェックポイント機構と呼び、がん化の抑制機構として働く。しかしながら、一部のがん細胞においては、「チェックポイント適応」と呼ばれる現象が知られており、DNA損傷が未修復のゲノムDNA損傷があるにも関わらず、DNAチェックポイント機構が働かなくなり、細胞増殖が進行してしまう。本研究では、この「チェックポイント適応」の仕組みを説明する分子機構を同定した。2017年度には、DNAチェックポイント機構タンパク質であるRAD9がリン酸化酵素PLK1によりリン酸化を受け、RAD9のチェックポイント活性が抑えられることをeLIFE誌に報告した。その後、「チェックポイント適応」のタンパク質ネットワークを引き続き解明する目的で、申請内容におけるがん情報データベース解析に着手した。近年がん情報データベースが整備されてきている。本年度は、PLK1の発現とRAD9の発現が亢進するがんをPLK1-RAD9の「チェックポイント適応」経路が亢進するがんと位置付け、PLK1、RAD9が共に高発現しやすくなる遺伝子発現環境の同定をがん情報データベースより抽出を試みた。公共のデータベースサイトより、転写プロファイルデータを取得し、MATLAB等を用い、相関解析等を行った。結果、特定のタンパク質分解経路の亢進が相関することが明らかとなった。情報データベースから得た知見を実験的に検証するため、同定したタンパク質分解経路の阻害剤で培養細胞を処理するとPLK1の遺伝子発現が低下することを確認できたことから、がん情報データベースと分子生物学を組み合わせた新たな手法を確立することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2017年度に予定通り論文を発表することができたことが第一の理由である。申請課題の最初の目標は、申請者の同定したPLK1-RAD9の経路とその経路の鍵を握るRAD9上のリン酸化部位である、スレオニン313番とセリン326番の機能を明らかにすることであった。申請期間中に、このリン酸化部位は、チェックポイント停止が働かないように、細胞周期のDNA複製を促進するために働く事を実験的に検証することができ、発表論文の骨子となった。また、DNA複製のうち、複製開始の制御が主に細胞周期の進行を促進するために重要であることを見出した。その後、申請課題においては「チェックポイント適応」を司るタンパク質ネットワークを同定することを目標としており、その目的のため、公共のがん情報データベースから得た各がん細胞種の遺伝子発現プロファイルを自身の端末上で解析できるようにした。様々ながん細胞種のゲノム情報を用い、相関解析により、特定の遺伝子発現間でどのような連携するかを見出す事ができるようになった。実際に特定のタンパク質分解経路の抑制因子がPLK1とRAD9を高発現するがん細胞種で顕著に抑えられることを見出した。このことから、このタンパク質分解経路がPLK1の発現を亢進する働きがあることが示唆され、実際に阻害剤実験により検証した。また、二種の、PLK1発現の亢進するがん細胞株、亢進していないがん細胞株を用いることで、PLK1を亢進するがん細胞株では、同定したタンパク質分解経路が、ゲノム損傷下での細胞増殖に必須であることを見出したことからも、我々の発見の重要性を検証できた。このように、発表論文の続編として、タンパク質ネットワークを同定するため、情報学的知見をもとに実験的に検証する、という新しい分子実験のあり方を提示することが可能となった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では、チェックポイント適応を担う、タンパク質ネットワークの同定を今後引き続き行う予定である。現在までに、がん情報データベースを元に特定のタンパク質分解経路が働くことでPLK1の発現の亢進を許容することを分子実験を併用することで検証できたと考えている。オミックスデータの充実に伴い、がんをはじめとする公共データベースの充実が著しい。申請者の成果は、分子生物実験の結果に対し、情報データベースを活用することで生物学的意義を付加することができた例である、と考えている。現在、タンパク質分解経路以外にも複数のシグナル経路がPLK1の発現の亢進と相関することを見出しており、分子実験を併用することで実験的な検証を続ける予定である。また、PLK1の高発現が転写レベルで行われることから、蛍光タンパク質を利用した、PLK1の遺伝子発現のモニターする系を確立させる予定である。それにより、スクリーニングによる、PLK1高発現を担う因子の同定を会したPLK1高発現ネットワークの同定が可能となる。また、PLK1の高発現がどのように細胞内で作り出されるかを実験的に再現することで、がんがどのようにしてPLK1の高発現を通じ、チェックポイント適応という機能を獲得するかを明らかにできると考えている。現在、クローニングを終え、培養細胞に組み込んでいる途中であり、実験系の確立とともに、がん情報データベースで得た、タンパク質分解経路の関わり方もさらに詳細に明らかにできると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度は、一昨年度の論文発表ののち、同定したPLK1リン酸化酵素の亢進により、細胞がゲノムDNA損傷を受けながらも増殖を促進してしまう「チェックポイント適応」のタンパク質ネットワークの探索を目的とした。この目的のため「情報データベース解析」あるいは「プロテオミクス解析」のいずれかを行う予定であった。最初に行った情報データベースの解析により、特定のタンパク質分解経路とPLK1の発現亢進が相関することが明らかとなった。このため、プロテオミクス解析は、今年度に、データベース解析の検証という位置付けの元に行うことに予定を微細ながらも変更した。当初予定していた予算配分では、プロテオミクス解析のための質量分析の消耗品、生化学用カラム等を計上していた。その配分を今年度に再計上したため、「次年度使用額」として昨年度の未使用額に400千円を上乗せして計上した。今年度はこれらの未使用分は前述の情報データベース解析により明らかとなったタンパク質分解経路の亢進を分子実態として検証するために、同定した二種のがん細胞株内でのこれら因子の定量解析のために用いる予定である。
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