研究課題
細菌のタンパク質の膜透過には、進化的に高度に保存された膜透過チャネルSecYEトランスロコン、必須の駆動モーターSecA ATPase、膜タンパク質複合体SecDFが中心的な役割を果たす。我々は、SecDFの構造機能解析を通して、「SecDFはプロトン透過活性を持ち、この透過エネルギーを利用して膜透過途上の基質タンパク質をSecDの細胞外ドメイン中に捕捉し引っ張りだす。」という作業仮説を提案している。本研究では、この作業仮説を検証することにより、詳細な分子機構の解明を目指す。具体的には、1)プロトン透過経路の決定、2)基質結合部位の同定、3)プロトン透過と基質タンパク質の動きの共役機構の解明の3点に焦点を当てて研究を進める。本年度は、NAISTの塚崎博士らとの共同研究によりSecDFの新たなconformation構造を明らかにした。この構造中には、1)膜貫通領域内にトンネル用の空間が見られ、2)基質結合を模倣したと考えられる新たな電子密度が細胞外ドメイン中に存在していた。これらの構造的特徴の意義を変異体を用いた解析並びに、in vitro光架橋実験により検証した。これらの内容を取りまとめ、学術論文として報告した。また、構造変化を起こす領域周辺を対象に系統的なin vivo光架橋実験を進め、構造変化を架橋形成の効率としてモニターできることを示した。更に、プロトンイオノフォアCCCP処理や変異導入と組み合わせた解析から、プロトンの透過能とSecD細胞外ドメインの構造変化の間に密接な共役関係があることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
上記研究実績の概要の前半部分の内容でCell Reports誌に論文を報告した。本研究は、SecDFによる膜透過駆動機構の解明において、残されていた3つの大きな課題(プロトン透過経路の解明、基質タンパク質結合部位の決定、プロトン透過とSecD構造変化の共役の照明)のうち、先の2つを解明した内容であり、大きな進展だと考えている。後半の研究も、残された最後の課題に迫る内容であり、研究の骨子に関するデーターは既に得られており、今後論文に取りまとめるべく、最終データーの所得を進めている。しかしながら、幾つかの部位において解釈が容易ではないデーターが得られており、この点を解決する必要がある。しかしながら、この点を除けば、計画は概ね順調に進展していると考えられる。
in vivo 光架橋を用いた解析から、SecDの構造変化とプロトン透過能の間に共役が存在することが明らかになった。しかしながら、上で述べた変異体を用いた解析や、CCCP処理によっても影響を受けない架橋も存在しており、この架橋が何を表しているかによって、得られた結果の解釈が変わってくる。そこで、CCCP処理により影響を受けない架橋の実体を明らかにすることを目指す。具体的には、生化学研究を進める根拠となった高度好熱菌由来のSecDFには存在しない大腸菌SecDが持つ挿入配列に着目し、得られた架橋がこの挿入配列との間の分子内架橋である可能性を欠失体を用いた解析により検討する。新たな構造決定によりプロトン透過経路と思われるトンネル様の構造が明らかとなった。このトンネルは水分子が通過できる程度のスペースを保持していると考えられる。我々は、ビブリオ属細菌のSecDFはプロトンの代わりにNa+を用いていることを報告している。先に観察された穴は、Na+が通過するには必ずしも十分ではないかも知れない。Na+を利用できる分子機構を明らかにする目的で、イオンの選択性が変化した変異体を分離することによりこの問題に迫る。
本年度に遂行予定であった論文取りまとめのためのデーター取得の実験が、解釈困難なデータが得られたため、そのまま遂行することが難しくなった。そのため、計上していた予算の一部の執行が困難となった。種々の検討の結果、得られたデーターの解釈を可能とする新たなモデルの着想を得たため、次年度はこのモデルを実験的に検証する必要が出てきた。よって、執行できなかった予算は、モデル検証実験の遂行と、その結果が予想通りで会った場合には、当初の予定の通り、論文取りまとめのための最終データーの取得に当てたいと考えている。
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