研究課題/領域番号 |
17K07401
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研究機関 | 国立研究開発法人国立循環器病研究センター |
研究代表者 |
山崎 泰男 国立研究開発法人国立循環器病研究センター, 研究所, 室長 (30308621)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 血管内皮細胞 / VWF / 細胞内輸送 |
研究実績の概要 |
血管内皮細胞は血管の内腔を覆う単層の細胞群であり、血液の流動性の維持および止血反応に重要な役割を果たす。血小板結合タンパク質von Willebrand因子(VWF)は血管内皮細胞で産生される。VWFはWeibel-Palade小体(WPB)と呼ばれるオルガネラにマルチマーとして貯蔵されていて、ヒスタミンなどの刺激によって適時に血液中へと分泌される。放出されたVWFマルチマーは互いに絡み合うことで、血管内皮細胞上にVWF stringsと呼ばれる超構造体を形成する。細胞膜上に形成されたVWF stringsは血小板を粘着させることで、局所の止血を行う。 VWFは他のタンパク質と同様に小胞体で合成される。合成されたVWFモノマーは、ジスルフィド結合を介して直ちにVWFダイマーを形成する。VWFダイマーはゴルジ体に輸送されると、糖鎖修飾を受けつつ、さらなるジスルフィド結合の架橋によってマルチマーへと変換される。VWFマルチマーは、WPBにパッキングされ、適時の分泌に備え貯蔵される。WPBは、内腔pHが約5.4の酸性オルガネラである。前述の合成過程のうち、1.ゴルジ体におけるマルチマーの形成、および2.マルチマーのWPBへのパッキング、には細胞内の酸性コンパートメントが必須であることが明らかにされている。しかしながら、いかなる分子が酸性環境の形成に寄与しているかについては、これまでに全く研究されてこなかった。研究代表者はプロトンポンプV-ATPaseがVWFの分泌およびWPBの形成に重要な役割を果たしていることを新たに見出し、そのメカニズムを明らかにすることを目的に研究を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
V-ATPaseは細胞膜およびリソソームなどの酸性オルガネラに局在する分子で、細胞質の弱アルカリ環境およびオルガネラ内腔の酸性環境の形成に寄与していると考えられている。臍帯静脈内皮細胞HUVECをV-ATPaseの阻害剤で処理するとWPBのオルガネラ形態に変化が生じたことから、WPBのオルガネラ形態の維持にV-ATPaseが関与している可能性が考えられた。そこでWPBに貯蔵されたVWFマルチマーの分泌への影響について調べた。V-ATPaseの阻害の有無によってVWFの総分泌量には差異は見られなかったが、HUVEC表面上に形成されるVWF stringsの構造には明瞭な差異が認められた。未処理の細胞をヒスタミンで刺激すると、複数のVWFマルチマー鎖が絡み合ったVWF stringsの形成が観察される。一方、V-ATPaseの阻害剤で前処理した細胞では、その構造は未処理の細胞に観察されるものに比べ貧弱であった。細胞をNH4Clに暴露し酸性オルガネラを強制的に中和化した場合にも、同様の貧弱なVWF stringsが観察されることから、V-ATPaseがWPB内腔の酸性環境を形成している因子であると考えた。実際に免疫染色法でV-ATPaseの細胞内局在を調べると、V-ATPaseはWPBに局在していた。 VWFマルチマーは未刺激の血管内皮細胞からも恒常的に分泌されている。この分泌により血液中のVWFマルチマー量を維持していて、急性の止血に備えている。そこでVWFの恒常的分泌に対するV-ATPaseの寄与についても調べた。VWFの恒常的分泌の総量は、V-ATPaseの阻害によって影響を受けなかった。一方、V-ATPaseを阻害したり、NH4Clによって酸性オルガネラを中和化すると、HUVECからはVWFダイマーが選択的に分泌されてくることが分かった。これらの結果から、VWFのマルチマー化に必要な酸性環境の形成にもV-ATPaseが寄与していると考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
WPBはゴルジ体に由来するオルガネラである。その形成はゴルジ体近傍で始まり、成熟化に伴い細胞辺縁部に移動していく。その過程でVWFマルチマーはWPB内腔で密にパッキングされ、VWF tubuleと呼ばれる構造を形成する。ゴルジ体近傍で形成された新生WPBは、その内部に数本のVWF tubuleを含むのみであるが、細胞辺縁部まで輸送されたWPBは10本以上のVWF tubuleを内包している。すなわちWPBは成熟化に伴い、より多くのVWF tubuleをその内部に含むようになる。研究代表者は、“WPBの成熟化とは、V-ATPaseがWPBにリクルートされることでWPB内腔の酸性化を促し、VWF tubuleの形成を推進していく過程”ではないかと仮説を立てている。そこでWPB内腔のpH変化を追跡するため、pH感受性蛍光タンパク質タグ化タンパク質を作成し、成熟化に伴うWPB内腔のpH変化の観察を試みる。具体的にはWPBに局在することが報告されているSNAREタンパク質(VAMP3など)を用いる。次にV-ATPaseの細胞内での輸送をライブイメージングで直接的に観察する目的で、蛍光タンパク質タグ化V-ATPaseの調製を試みる。V-ATPaseは少なくとも13種のサブユニットから構成される巨大分子である。一般に複合体タンパク質のタグ化には困難が伴うことが多いので、それぞれのサブユニットのNおよびC末端タグを調製し、その局在を内在性の分子の局在と比較しながら最適化する。得られた蛍光タンパク質タグ化V-ATPaseはライブイメージングのほか、V-ATPaseの活性依存的にVWFをマルチマー化する分子の同定にも応用する。具体的には、タグ化V-ATPaseを含む細胞内コンパートメントにリクルートされる分子をプロテオームで同定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
最終年度に行うプロテオーム解析が予定よりも大きなスケールとなる可能性があり、それに伴い予算の割り当てを変更したため。
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