節足動物や脊椎動物の体の繰り返し構造は、遺伝子発現の繰り返しの縞パターンをもとに形成される。繰り返しの縞パターンの形成に関わる発生様式の1つに遺伝子発現の振動によるものが知られているが、どのように振動状態に入るのかは分かっていなかった。本研究では、オオヒメグモ胚の後体部の縞パターン形成における振動開始メカニズムの解明を目指した。 オオヒメグモ胚の前後パターンの形成はヘッジホッグシグナルにより制御されている。ヘッジホッグシグナルにより負に制御される遺伝子として同定したmsx1をノックダウンすると、縞パターンが全く形成されない。本研究では、(1)hh、msx1、及び、これらの遺伝子により制御される遺伝子の発現を、同時に生まれた兄弟胚を一定時間ごとに固定したサンプルを蛍光in situ法で染色することにより、詳細に解析した。(2)細胞標識やレーザー照射の実験を行い、発現の動態を解析した。(3)msx1の局所的なノックダウンを行い、縞パターン形成への影響を解析した。(4)縞パターン形成時の細胞の状態をより詳しく解析するために、Single-Cell RNA-seq実験の立ち上げを行った。 これらの実験から、msx1の発現は大きな波のような動態を示し、この波は新しく3分割と名付けた胸部領域における新しい縞パターン形成の現象を担うものであることを明らかにした。同時に、この波の進行が、後体部の振動の開始と深く関係することも示すことができた。まだ分子ネットワークの詳細な解明には至っていないが、振動開始メカニズムを理解するための手がかりを得ることができた。さらに、オオヒメグモ胚の縞パターン形成が、体の領域ごとに異なるダイナミクスを示す3種類の波が関わる現象であり、これらの全ての波の制御にmsx1が関与していることを明らかにした。本研究で立ち上げたSingle-Cell RNA-seq実験で今後の研究を発展させることができる。
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