研究課題/領域番号 |
17K07440
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伊藤 繁 名古屋大学, 理学研究科, 名誉教授 (40108634)
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研究分担者 |
井原 邦夫 名古屋大学, 遺伝子実験施設, 准教授 (90223297)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 光合成 / 乾燥適応 / 光傷害 / 光エネルギー利用 / 励起エネルギー移動 / 地衣類 / 蛍光寿命 / クロロフィル |
研究実績の概要 |
植物が、光合成で使いきれない過剰な光エネルギーを熱として消失させる「非光化学的消光機構:NPQ」をもつことは広く知られてきた。しかし、乾燥下ではNPQは働かず、過剰光エネルギーはラジカルを作り、植物は枯死する。本研究では乾燥下でも枯死しない乾燥耐性光合成生物の多くがもつ、「乾燥誘導性の光傷害回避機構」の解明と新規の生物・現象の探索を行った。シアノバクテリアから高等植物に至る多様な生物で、“乾燥誘導性の過剰光エネルギー散逸機構(drought-induced nonphotochemical quenching; d-NPQ)”の分布と、その「分子機構」を検討した。 これらの生物は、乾燥下でd-NPQ機構を光合成色素系内に発動し、超高速(10ピコ秒程度)で光エネルギーを熱として散逸して、光傷害を防ぐことを示した。この指標となる「乾燥誘導性のクロロフィル蛍光の超高速減衰現象」を調べ、多様な生物の示すd-NPQ特性とその多様性を明らかにした。地衣類で発見され、コケ類とシアノバクテリアでも確認されたd-NPQの機構を、さらに超高速蛍光寿命測定によるエネルギー移動過程の分析により詳しく調べた。アンテナChl a/bタンパク質がない乾燥耐性シアノバクテリアNostoc種を用いることで、「d-NPQが光化学系Ⅱの反応中心でおこる」ことを明らかにした。乾燥耐性地衣類に共生するNostoc種は、地衣類体中でも、単離培養後でも高いd-NPQ活性を示した。これよりd-NPQの実体は光化学系II反応中心のサブユニットタンパク質(CP43, CP47)上にあると結論された。同時に光化学系IIの外側に結合するフィコビリゾームでもd-NPQに寄与する蛍光寿命促進が一部起こることが新たに示され、この機構の検討を進めた。これらの課題に関連して論文発表2件、学会発表3件を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
乾燥耐性光合成生物の一部がもつ、「乾燥下での光傷害回避の分子機構:d-NPQ」の解明のための実験研究を行った。乾燥耐性のシアノバクテリア、地衣類、コケ植物の多くと、高等植物の一部がこのd-NPQ機構を持つことを示した。また、光化学系IIの蛍光寿命の著しい促進(=過剰光エネルギーの熱としての散逸)を指標とすることで、非乾燥状態下でよく見られる軽度の寿命促進を伴う蛍光収率低下現象(NPQ)と、このd-NPQ現象が明確に区別されることを示した。生体光合成の、新たな環境適応機構が明らかにされた。 光化学系II上で光捕集に働くクロロフィル集団の中に、過剰励起エネルギーを熱に変換する特殊な分子状態(近赤外に吸収帯を示す新たな会合状態)が乾燥で誘導され、d-NPQが生じることを示した。しかし、「近赤外型会合状態」の実態については、蛍光寿命、スペクトル以上の情報が得られていない。この理解と応用には、さらに分子構造や遺伝子との関連性についての情報を得ることが必要である。これは今後の課題である。本年度は、関連論文2編、学会発表3件を発表した。次年度でさらに数編の論文を、作成・投稿・学会発表する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
乾燥耐性光合成生物だけがもつ「乾燥下ではたらく光傷害回避の分子機構:d-NPQ」を、現象面からは明確にした。さらにその分子機構、光合成系の構造との関連性、生物種による違い・多様性などを明らかにする必要がある。d-NPQの理論面からの解明も必要である。特に蛍光消光(過剰な光励起エネルギー散逸)を担う、乾燥で可逆的に誘導される、「近赤外型クロロフィル会合状態」の実体、作動原理の解明が必要である。現在、近赤外型クロロフィル会合状態の役割を知るために、理論家との共同研究を進めている。クロロフィル分子の相互配置・相互作用により生じる励起子状態群のシミュレーション計算と、個別クロロフィルの結合部位毎に、タンパク質環境が作り出す部位エネルギー(site energy)値の理論計算をPSI及び、2018年初めて構造が明らかにされたヘリオバクテリアのI型反応中心(近赤外型色素バクテリオクロロフィルgをもつ)で進めている。これを発展させ、各種I型光合成反応中心上で、色素の種類、配置を変える際の光捕集やエネルギー移動への影響を定量的に理論評価する方法を開発しつつある。量子論による計算機内での計算で、環境応答や、進化にともなう、光合成系反応中心複合体構造と特性変化の理解を進めたい。光合成は生物現象の中でも、特に物理過程が支配的なので、この様な検討に適している。
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次年度使用額が生じた理由 |
今後さらに理論計算と合わせて実験結果を検討する。未発表の研究成果の論文化、学会発表を行う。このために研究期間延長をした。 研究費は計算機実験の経費と必要な消耗品費、学会発表に必要な参加費と旅費、論文化・発表に必要な英文校閲・投稿・掲載料に充てる。
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