研究課題/領域番号 |
17K07455
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
愿山 郁 東北大学, 生命科学研究科, 学術研究員 (10346322)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 植物 / DNA損傷応答 / 転写 / 免疫応答 |
研究実績の概要 |
本年度は、DNA損傷応答のマスターレギュレータSOG1転写因子の過剰発現がDNA損傷応答に与える影響について検討した。SOG1はDNA二重鎖切断(DSBs)が生じると、細胞周期の進行を停止させる遺伝子群を発現させることで根の伸長を抑制する。SOG1の発現量を通常の10倍ほど上昇させたシロイヌナズナ(SOG1 OX)では、DSBsに応答した細胞周期の進行停止が野生型よりも強くなっており、その結果、根の伸長抑制が野生型よりも大きくなっていることが明らかになった。さらにDSBsに応答して生じる根の幹細胞での細胞死や表皮細胞の分化の促進も野生型よりも亢進していた。RNA-seq法によって、SOG1 OXが転写制御に与える影響についてゲノムワイドに調べたところ、野生型においてDSBsに応答して発現が上昇することが知られている遺伝子については、野生型よりも転写量が上昇している遺伝子群と、野生型よりは抑制されている遺伝子群が存在していた。このような傾向は、DSBsに応答して発現が抑制されている遺伝子群についても見られた。SOG1 OXにおける、これらの転写制御の野生型との違いが上記で示したDNA損傷応答反応の亢進といった表現系に現れていると考えられる。さらに興味深いことに、SOG1 OXラインでは、病原菌に応答して発現が誘導される遺伝子群の転写が野生型よりも上昇していた。そこでSOG1 OXラインの病原菌に対する感受性を調べたところ、野生型よりも耐性を示すことが明らかになった。これらの結果は、SOG1の過剰発現は、DNA損傷応答を増強させるだけでなく、病原菌に対する免疫応答も活性化させることを示した。これらの病原菌に対する免疫応答は、DSBsの生成には依存していなかったので、SOG1はDNA損傷応答と免疫応答といった異なる経路を制御する因子であることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、SOG1の過剰発現がDNA損傷応答に及ぼす影響について検討した。この実験は当初は予定していなかったが、SOG1はDSBsに応答して数千の遺伝子群を制御する転写因子であり、このマスターレギュレータの量が増えた場合、DNA損傷応答がどのように影響を受けるのかを調べるのは重要なことであると考えた。通常SOG1タンパク質は、DSBsが生じるとリン酸化を受けることで活性化し、SOG1自身の転写量に変化は見られない。しかし本研究から、SOG1の転写量を人工的に上昇させると、SOG1の下流遺伝子群には転写量が変化するものが存在し、DNA損傷応答の一部が増強されることを見出すことが出来た。さらにDSBs非依存的に病原菌への免疫応答系を活性化させることも明らかにすることが出来た。これらの成果はPlant Molecular Biology (2020)に発表した。
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今後の研究の推進方策 |
今後はSOG1に存在する5つのリン酸化部位のどの部位が各応答反応に重要な働きを持つのかを明確にするために、5つのリン酸化部位(SQ)を1つずつ潰した変異体(SQ→AQ)を作製し、それぞれの変異体がDNA修復の活性化、DNA複製の停止、プログラム細胞死の活性化、細胞分化の活性化に与える影響について検討する。これらの実験により、各部位のリン酸化が果たす役割についての知見が得られる。さらにこれらのリン酸化変異体を用いて、ChIP-seq法を用い下流遺伝子の発現パターンの変化について調べる。これによって、各リン酸化部位と下流遺伝子の制御との関連性を明らかにする。またSOG1転写因子と相互作用する因子の単離もめざし、SOG1のリン酸化が相互作用因子との結合にどのような影響を与えているのかを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、SOG1遺伝子の過剰発現がDNA損傷応答に与える影響について検討した。この研究はDNA損傷応答を人工的に制御することで、植物体にどのような変化をもたらすのかを明らかにする重要な研究となった。しかし本年度予定していた、SOG1と相互作用する因子の単離のための共免疫沈降や、SOG1のリン酸化が下流の遺伝子結合に与える影響について明らかにするためのChIP-seq実験は延期となった。よってその実験に必要なキット類などの購入を見合わせたため、物品費は予定していた額よりも下回った。さらに参加を予定していた国際学会と一部の国内学会に参加することが出来なかったため、旅費の支出が抑えられた。論文投稿料などを計上していた「その他」に関しては、共著者が負担をしてくれたため、支出が予定よりも少なくなった。
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