研究実績の概要 |
代謝型ムスカリン性アセチルコリン受容体M3(mAChR-M3)のノックアウトマウス(KOマウス)は、小腸のクリプトサイズが増大している。そこで、mAChR-M3シグナルの下流域に働くシグナル伝達経路を明らかにするために、RNA-Seq法によるトランスクリプトーム比較解析を行った。その結果、細胞増殖及び組織形成と領域化に関与するEphB2受容体とそのリガンドであるEphrin-B2の遺伝子発現が上昇していることを見出した。小腸では、クリプト底部から絨毛にかけてEphB3, EphB2, Ephrin-B1, -B2といったEphrinB/EphB ファミリー分子の勾配が形成され、この勾配により領域化が起こっていると考えられている。そこで、定量PCR法を用いて、全てのEphrinB/EphB ファミリー分子の遺伝子発現変動を調べたところ、M3KOクリプトにおいてEphrin-B1, B2, EphB2, EphB3, EphB4, EphB6の遺伝子発現がWTのクリプトに比べて有意に促進されていることが分かった。次に、EphB2抗体を用いた抗体染色を行ったところ、M3KOクリプトではWTと比べて、EphB2タンパク質の発現が強く、またクリプト上部にまで濃度勾配が上昇していることを見出した。この抗体を用いたFACS解析で幹細胞群と未分化細胞群に分離し、マーカー遺伝子の発現を調べたところ、M3KOマウスのクリプトでは、有意に増強していることが確認できた。また、FACSで分離した単一幹細胞を培養し、オルガノイド成長を調べたところ、M3KOのオルガノイドの方が有意に成長が促進されていた。まとめると、M3KOのクリプトサイズの増大は、幹細胞と未分化細胞の増殖が促進されているとともに、Ephrin-B1, -B2及びEphB2の濃度勾配が変動しているためであると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
1)チャネル型nAChRsを介した非神経性AChの幹細胞制御 作出したα2及びβ4のノックインマウスの解析に着手する。各々のノックインマウスの腸から腸オルガノイドを作製し、薬理実験で得られた成果(Int. J. Mol. Sci. 2018, 19(3), 738)の検証を行うとともに、nAChRsの下流域に働く遺伝子群を網羅的に解析し、シグナル伝達経路を明らかにする。 2)代謝型mAChRsを介した非神経性AChの幹細胞制御 腸幹細胞の制御におけるmAChR-M3シグナルの下流域に働くシグナル伝達経路がEphrinB/EphBシステムであることが明らかになったので、EphB2を除くその他のファミリー分子(EphB3, EphB4, Ephrin-B1, -B2)の抗体染色も行う。また、BphB2とEphrin-B1またはEphrin-B2の抗体を用いた二重染色を行う。そして、Ephrin-B2-KOマウスからオルガノイドを作製し、mAChR-M3の選択的アンタゴニストである4-DAMP投与後のオルガノイド成長等を調べる。 我々は、Ephrin-B2-KOマウスやEphrin-B2/LacZノックインマウスをすでに作出している。mAChR-M3がEphrin-B2を介して腸幹細胞及び未分化細胞の増殖及び領域化を制御しているのであれば、Ephrin-B2-KOマウスやM3/Ephrin-B2 double KOマウスで何らかの表現型が見られると予想される。そこで、Ephrin-B2-KOマウス腸の形態観察やM3/Ephrin-B2 double KOマウスの作出も視野に入れて研究を進める。また、Ephrin-B2/LacZノックインマウスを使って発生段階におけるEphrin-B2の発現状況を詳細に調べることも将来的に行う予定である。
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