研究課題
ショウジョウバエの造血組織は哺乳類に比べて簡易的であるが、細胞の増殖、分化の制御機構やそこで働く遺伝子は両者でよく似ている。ショウジュバエmxc突然変異体では 幼虫の造血組織LG内の未分化細胞が過剰増殖し、他の組織に浸潤するのでヒト急性白血病モデルになりうる。本研究ではこの造血腫瘍変異体の癌化機構を明らかにすることを目的とした。この産物はヒストン遺伝子の転写およびmRNAのプロセシングに必要なHLBの構成因子である。mxc変異体ではLG内の未分化細胞が異常増殖し,幼虫中枢神経系内に浸潤した。この癌化には分化した血球細胞において同遺伝子の機能が低下することが必要であった。その結果,クロマチン構造が弱くなり、正常では抑制されていた癌関連遺伝子の発現が変化した可能性が考えられた。その結果、血球細胞の分化抑制、過増殖に至ったと考えている。LG内では分化した血球細胞から未分化細胞の過剰増殖を抑えるシグナルが伝達される。このシグナルの強制発現によりLGの過剰増殖が抑制され,逆に未分化細胞においてこれを低下させると過剰増殖が促進された。MxcはLG内にある未分化血球細胞の増殖を抑制するシグナルの受容,伝達に必要であり,この破綻が増殖抑制の阻害,癌化につながると考えている。また、この白血病モデルではTollおよびImdを介する自然免疫経路が活性化し、標的である AMPペプチドが誘導されていることがわかった。AMPの一種Defensinはいったん血球細胞に取り込まれ,それが腫瘍特異的に局在していた。そこでアポトーシスが観察された。Defensinは哺乳類にも保存されているので,マウスBETADefensin1,3,4について,そのcDNAをUAS配列の下流に配置したUAS系統を作製した。AMP産生組織特異的に発現させることにより,mxc変異体の造血腫瘍が抑制されるか,検討している。
2: おおむね順調に進展している
本研究ではこの造血組織LGが腫瘍化する突然変異体の癌化機構を明らかにすることを目的とした。この点に関しては,LG内の未分化血球細胞が過剰増殖していること,分化した成熟血球細胞においてmxc遺伝子の機能が低下することがLG癌化にひつようであること,実際にLG内で未分化血球細胞の抑制に働く分泌因子およびその受容,シグナル伝達因子が癌化に必要なことを示すことができた。この点で本研究の目的は達せられた。一方,同変異体で自然免疫経路が活性化していること,それらの標的遺伝子の発現が上昇していることを示すことができた。これらの標的遺伝子の産物はAMPペプチドと呼ばれ,それらの産生組織で特異的に誘導すると癌化したLGにアポトーシスを誘導し,その過剰増殖が抑制されることがわかった。昆虫にも癌細胞があると,自然免疫機構が活性化されることがわかったが,その認識メカニズムについては証明に至っていない。mxc変異体幼虫の体液血球細胞内には活性酸素種(ROS)が蓄積していることを示した。この変異体幼虫に抗酸化物質を摂食させると複数のAMPのmRNA量が減少し、LG腫瘍のサイズが増大した。ROS産生酵素DuoxのmRNA量も正常よりも増加していた。さらに変異体の血球細胞においてDuoxをノックダウンするとLG腫瘍の増大がみられた。これらの結果は腫瘍に応答して体液血球細胞内でDuoxの発現誘導、ROSの産生、蓄積が起こったと解釈できる。本研究の第2の目的であるショウジョウバエにおける癌細胞の認識機構においては今後この仮説の証明に持ってゆきたい。さらに哺乳類のAMPについても,ショウジョウバエで発現させ,造血器腫瘍を抑制できるか調べる予定であったが,コロナ禍で担当学生の自宅待機など研究計画に遅れを生じた。そこで1年延長して目的を達成する予定である。
LG腫瘍により自然免疫経路が活性化される機構については,ROSの関与が考えられる。LG腫瘍化の情報が血球細胞を介して脂肪体に伝わり、自然免疫経路が活性化され、その結果、AMPが誘導されたという可能性を考えている。さらに自然免疫系がこの腫瘍を認識する機構についてさらなる検討をおこなってゆく予定である。癌細胞の浸潤にはMatrix metalloproteinase(MMP)による細胞外基質(ECM)の分解が関与する。mxcmbn1のLGでもMMPの高発現が観察されないか検討する。同変異体のLGでMMP1をノックダウンすることにより,自然免疫系の標的であるAMPのmRNA量が変化しないか検討する。以上の実験から、LG腫瘍においてMMPの発現と自然免疫経路の活性化に関連があるか検討したい。成虫原基細胞ではMMP1の強制発現だけでは自然免疫系は活性化されない。現在, LG内の腫瘍細胞が発現する過剰なMMPによりECMが分解を受け、それを血球細胞が認識、細胞内のDuoxを誘導する。それが脂肪体に直接作用して情報伝達する。脂肪体細胞外のROSが上昇したその結果、Tollを介した自然免疫経路が活性化されて,AMPの発現が誘導されるという仮説を考えている。今年度中にその検証を行いたい。さらにマウスDefensinにショウジョウバエのmxc変異体の造血器腫瘍を抑制する効果があれば,それをマウスの腫瘍細胞に添加して抑制効果がないか検討したい。
他の学内予算でまとめて購入した動物飼育費および生化学用試薬を共有することができた。
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