研究実績の概要 |
本年度はヒモムシ類数種の系統分類学的研究を行った。その1つは2019年7月21日に北海道厚岸町眞龍浜で得られたオロチヒモムシの分類学的再検討である。1940年に公表された論文中でCerebratulus marginatus Renier, 1804と同定されて以来、日本近海に生息するオロチヒモムシに対してはこの学名が適用され続けてきた。Cerebratulus marginatusは19世紀の始めにアドリア海から原記載された。本種と同種であると同定された個体は、20世紀の研究者たちによって日本を含む北半球の各所から報告されてきた。21世紀になって分子データが利用できるようになると、C. marginatusが複数の異なる生物学的な種の複合体であることが明らかになっていた。厚岸で得られた標本の内部形態をパラフィン連続切片標本に基づいて観察したところ、ナポリ産のC. marginatusを含む全ての本属他種とは体壁中の螺旋筋層の数や血管系の形態において明瞭に異なることが判明した。16S rRNA、COI、18S rRNA、28S rRNA、ヒストンH3遺伝子の部分配列に基づいた異ヒモムシ類の系統樹において、オロチヒモムシは北米太平洋岸産の「C. marginatus」と近縁であった。後者がアドリア海産の狭義C. marginatusとは別種であることはほぼ間違いなく、この隠蔽種群問題の抜本的解決はトポタイプ由来の形態・分子情報が必須である。データベース上のバーコード配列を用いた解析によればオロチヒモムシの幼生は極東ロシアのヴォストーク湾にも分布しており、近縁な別種2種が極東ロシアと北米太平洋岸に生息している。観察したオロチヒモムシは体長32cmの成熟した雌であり、無作為に選んだ平均的な大きさの卵巣1つあたりには62個の卵母細胞が含まれていた。
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