2020 年度実施状況報告書

進化経路が異なる3つの生殖隔離機構が存在する短翅性バッタの集団間の隔離構造の解明

研究課題

研究課題/領域番号	17K07521
研究機関	北海道大学
研究代表者	菅野良一北海道大学, 農学研究院, 農学研究院研究員 (00648826)
研究期間 (年度)	2017-04-01 – 2022-03-31
キーワード	種分化 / 生殖隔離 / 地理的分化 / 進化生物学
研究実績の概要	研究材料であるサッポロフキバッタは，雄の交尾活力と雌の交尾拒否力が地域集団間で大きく異なる．雄の交尾活力が強い集団は雌の交尾拒否力も強く，雄の交尾活力が弱い集団は雌の交尾拒否力も弱い．これは交尾を巡る性的対立の結果，集団内では均衡状態に至った雄の交尾活力と雌の交尾拒否力の強さの程度が，集団間では異なっている為と考えられている．また交尾拒否力が弱い集団の雌にとって，自集団の雄との交尾よりも，交尾活力の強い集団の雄との交尾はコストになる事も明らかしてきた． 2017年度の交配実験では，雄の強い交尾活力に対抗的な適応をしてきたと考えられる雌の強い交尾拒否力が，交尾活力が弱い集団雄にとってコストとなる事が明らかになった．2018年度は本種において色彩変異が維持されているメカニズムを検証した．本種の体色は緑色（以下緑色型）だが，黒色部分が非常に多い特異な体色の集団（以下黒色型）が存在する．黒色型の分布域を調査した結果，狭い範囲に生息する特異な体色集団と考えられていたこれまでの知見と異なり，少なくとも北は45キロ，東は27キロの範囲で生息している事が明らかになった．これまでの調査が十分でなかったと考えるのが普通ではあるが，黒色型集団が徐々に分布域を広げた可能性も考えられた．配偶者選択実験の結果，体色型間に交尾前隔離は存在しなかった．2019年度は体色2型間の越冬卵の孵化率から交配後隔離の程度を探ると共に，交尾行動をより詳細に解析した．本種の越冬卵の最適な保存条件は不明で，飼育下では同集団の雌雄でも孵化率は低い．しかしながら，体色2型間の孵化率はさらに低く，特に緑色型♂と黒色型♀の孵化率は10%を下回り，交配後隔離機構が存在する可能性が示唆された．2020年度は体色型間の交雑卵からどちらの体色の成虫が得られるかを調べる予定だったが，コロナ禍の移動自粛要請があり計画通りに進まなかった．
現在までの達成度 (区分)	現在までの達成度 (区分) 4: 遅れている理由 2017年10月より主たる勤務場所が東京になり，研究材料や資料がある札幌と離れてしまった為，移動材料の採集・飼育，データ解析などに時間を要し，やや遅れが生じていた．また集団間交配時に，他集団のオスからの精子輸送量が自集団のオスとの交配の時に比べて異なるかどうかの計測において，協力を仰ぐ予定だった連携研究者が，育児によって研究を中断せざるを得なくなり解析が一時止まってしまった．2019年度は主たる業務の時間外労働が大幅に増加し，その結果解析が大幅に遅れた．2020年度に巻き返しを図ったが，コロナが発生し，東京と札幌間の移動，北海道内の移動が制限され，予定した計画どおりに進まなかった．更に，研究に復帰した連携研究者と行う予定だった精子計測も，北海道のコロナの感染状況がステージ4に達した事で実現しなかった．そこで研究期間を1年延期し，本年度に2020年度に予定していた計画を本年度に実行する．
今後の研究の推進方策	サッポロフキバッタの地域集団間は，交配前隔離，交配後接合前隔離，交配後接合後隔離の進化プロセスの異なる3つの隔離機構が存在する．本種には♂XO／♀XXのXO型と♂XY／♀XXのneo-XY型の性決定システムが異なる2つの染色体レースが異所的に存在し，これまでその2レースが存在するメカニズムを探ってきた．しかしながら，外見上は大きな違いが見られない為，特に行動実験においては難しい問題が少なくなかった．留萌市周辺に生息するXO型集団は雄雌共に他集団と異なる特異な黒色をしており，識別が容易な事から，これらの問題を解決する為に，染色体レース間の配偶者選択実験に用いる集団として検討してきた．しかしながら，調査の結果，黒色型集団がこれまでの知見よりも広域に分布していることが明らかになった．また，緑色型集団と接して生息する地域が複数存在し，これらの場所では緑色型と黒色型の中間の体色を示すような個体は見つからなかった．現在の黒色型集団の分布が，徐々に生息域を広げてきた結果だと仮定すると，集団が新規に獲得した形質が野外集団にどのように浸透していくかについて検討する事が可能になる．本年度は体色型間の交雑卵から得られたF1の体色がどちらなるのか調べ，体色型間の交尾後隔離の程度を明らかにし，これまでの明らかになっている隔離機構と合わせ，本種の集団間の隔離構造の全体像を考察する．