研究課題
江戸時代には、数多くの園芸植物が作出され鑑賞の対象とされた。そのような「古典園芸植物」は、現在でも栽培されているものの、消滅の危機に瀕している品種も少なくない。多くの園芸品種は、野生のものから選抜育種されたり品種間の交雑によって作出されたが、その起源となった野生種の分類学的問題を含めた遺伝的変異や、栽培化の過程に関する研究は少ない。フクジュソウ属植物 (Adonis) は、キンポウゲ科の多年生草本で、江戸時代より「福寿草」として多くの品種が作出されてきた。フクジュソウ属の野生種として、日本には4種が認められ、外部形態や染色体数により区別できるとされるが、野外集団では区別が難しい個体もあり、分類学的に混乱している。この研究は、フクジュソウ属植物について分子系統学的・細胞遺伝学的・形態学的手法を用い、分類学的・系統学的にその実態を明らかにするとともに、消滅が危惧される古典園芸植物「福寿草」の栽培化の過程と流通を考察することを目的とする。2019年度は、染色体の観察を中心に行った。その結果、68個体のサンプルを確認し、2=16(2倍体)が35個体、2n=24(3倍体)が1個体、2n=32(4倍体)が32個体であった。3倍体のサンプルは栽培品種(「福禄寿」)であった。4倍体のサンプルは1個体を除いて全て北海道のサンプルであった。北海道のサンプルには2倍体と4倍体が含まれ、それぞれキタミフクジュソウ Adonis amurensisとフクジュソウ A. ramosa に対応していると考えられた。また、韓国のサンプル(5個体)は全て2倍体であった。2倍体について、北海道以外はミチノクフクジュソウ A. multiflora、シコクフクジュソウ A. shikokuensis、および韓国の A. pseudoamuensis が考えられるが、形態との比較はまだ十分に行われていない。
3: やや遅れている
この研究は、毎年野外調査を行いつつ材料を手に入れ、細胞遺伝学的解析、分子系統学的解析、形態学的解析を加えた上で、キンポウゲ科フクジュソウ属の野生種における分類学的取り扱い、および園芸品種における起源を解明しようとするものである。したがって、野外調査によるサンプルの収集が研究の成否を握っているといっても過言ではない。2019年度においても計画的な野外調査計画を策定し、サンプルを収集する計画を立てていたものの、サンプル収集を予定していた2020年3月時点で、新型コロナウィルスによる感染防止の観点から、3月における野外調査は限定的にならざるを得なかった。したがって、現時点で得られているサンプル数は予定よりも少ないものとなっており、解析の進捗にやや支障が出ている状態である。また、細胞遺伝学的解析は比較的進んでいるのに対し、分子系統学的解析および形態学的解析はあまり進んでいない。その理由として、細胞遺伝学的解析のためのサンプルは生の植物を圃場に植えて、適当な時期にサンプルを採取し、できるだけ早い期間に観察をおこなう必要があるのに対し、分子系統学的解析および形態学的解析は乾燥させたサンプル、あるいは乾燥させたおし葉標本で実施できるため、細胞遺伝学的解析を優先させて進めてきた面がある。現在のところ、細胞遺伝学的解析の結果が出つつあるところなので、分子系統学的解析および形態学的解析に関しても同時並行的に進める予定である。最終的には細胞遺伝学的解析、分子系統学的解析、形態学的解析の3者の結果を統合し、フクジュソウ属植物における進化・多様化、さらに園芸化に関する基礎的情報を得る予定である。
これまでの3年間で、日本および韓国各地においてサンプリングを進めてきた。その結果、かなりの数のサンプルを収集することができたものの、まだサンプリングが十分でない地域が残っている。日本国内では東北から関東、中部地方、あるいは中国・四国地方であり、海外では中国・東部沿岸地域およびロシア・極東地域である。それらの地域については、2020年度3月から4月にかけて採集調査を行う予定を立てていたものの、新型コロナウィルスの感染拡大の影響もあり、ほとんど野外で採集することができなかった。そこで、それらの地域におけるサンプリングを、2021年3月から4月にかけて集中的に行いたいと考えている。また、古典園芸植物とされる「福寿草」の園芸品種についても、これまでにある程度は集めてはいるものの、まだ入手していない品種も多く、今後計画的・網羅的に収集する予定である。また、サンプルの解析については、これまでに細胞遺伝学的解析についてはかなり進めているものの、分子遺伝学的解析、形態学的解析に関してはあまり進んでいない状況である。ただし、細胞遺伝学的解析についても、フクジュソウが4倍体であるのに対し、フクジュソウ以外の4種(キタミフクジュソウ、ミチノクフクジュソウ、シコクフクジュソウ、Adonis pseudoamurensis)は2倍体であり、染色体数だけでは区別することができないことから、もっと詳細な核型分析をおこなう必要がある。材料は圃場で栽培していることから、再度サンプリングを実施して実験を行うことは可能である。その結果を得た上で分子遺伝学的解析、形態学的解析を進めることにより、フクジュソウ属野生種における倍数化や遺伝的変異を伴う種分化および形態的分化、あるいは交雑現象を含めた「福寿草」の園芸化に関する知見を収集することができるものと考えられる。
本研究の材料として用いるキンポウゲ科フクジュソウ属植物は、早春に花を咲かせることから、花の時期(3月中旬から4月上旬)に野外調査を実施してサンプルを収集する必要がある。2019年度についても、2020年3月に日本国内で数カ所の自生地を訪ねてサンプルを収集する予定を立てていた。ところが、新型コロナウィルスの感染拡大を受け、屋外での調査旅行を控えるよう要請があり、長期間の調査旅行を控える必要が出てきた。それでも必要なサンプル収集のために、2020年3月には高知県に2泊3日、山梨県に1泊2日でそれぞれ調査旅行を実施したものの、それ以外の場所(特に東北から関東・中部地方)に行くことはできなかった。その結果、当初予定していた予算を消化することができず、2020年度に繰り越しせざるを得なくなった。もとより、必要十分なサンプルを収集するために立てた計画であったため、2019年度内に収集したサンプル数は予定していたものよりも少ないものとなった。そこで、2020年度は、繰り越された2019年度の予算も使い、2019年度に予定していながら実施できなかった地域を含め、分布地全体にわたるサンプリング調査を予定している。繰り越された2019年度予算は、その中で消化される予定である。
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