研究課題/領域番号 |
17K07558
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研究機関 | 宇都宮大学 |
研究代表者 |
宮川 一志 宇都宮大学, バイオサイエンス教育研究センター, 准教授 (30631436)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ミジンコ / 周期性単為生殖 / 誘導防御 / 表現型可塑性 / 反応規準 |
研究実績の概要 |
生物が環境に応じて表現型を様々に作り変える表現型可塑性は種の繁栄に貢献するすぐれたシステムであり、その分子制御機構がさかんに研究されている。一方で、表現型可塑性を担う因子がゲノム上にどのように分布し、またそれらが世代を経てどのように遺伝し可塑性の進化をもたらすのかといった分子遺伝基盤についてはほとんど解明されていない。本研究ではミジンコの持つ周期性単為生殖という性質を利用した交配実験によってミジンコの示す可塑性がどのように次世代に遺伝するかを明らかにし、さらには戻し交配と連鎖解析によって可塑性の変化や維持に関与するゲノム領域を決定することを目的とする。これらの研究によって、生物の巧みな環境応答がどのようにして進化したかという生物学における普遍の問題を解明することが可能となる。 平成29年度の研究により、捕食者カイロモンの濃度に応じた表現型の変化パターン(反応規準)が異なるW系統とM系統を用いた交配実験系の確立に成功し、M系統とW系統を交配させたF1世代系統が両者の中間的な反応規準を示すことを明らかにした。平成30年度は全ゲノム連鎖解析による表現型可塑性の分子制御機構を明らかにするべく、①F1系統の安定作出、②F2戻し交配系統の作出、③新規全ゲノム配列の構築、④カイロモンアナログを用いた反応規準の定量的評価手法の確立を行った。これらの研究が達成されたことにより、これまでに前例のない周期性単為生殖生物における遺伝学を実践することが可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度の研究においては、W系統とM系統を交配させたF1世代系統の作出に成功したものの、孵化個体を安定的に得るための具体的な手法は定まっておらず、偶発的に得られた1系統を用いた解析しかできていなかった。平成30年度の研究において、交配を誘導する条件や実験システムを改善することで効率よく次世代を得るシステムが構築でき、現在連鎖解析に使用可能な複数のF1世代系統およびF2戻し交配系統を維持している。 また、高精度な連鎖解析には全ゲノム情報が必須であるが、現在公開されているミジンコゲノムは日本産ミジンコと遺伝的に離れた個体のものであり、利用することが困難であることが研究開始時点で予想されていた。したがって平成29年度にPacBio RSⅡを用いた新規ミジンコゲノムの構築を行ったが、その結果ミジンコゲノムは極めてヘテロ接合性が高く、ゲノムサイズに対して多くのシークエンスデータが必要なこと、およびアセンブリにより専門的なアルゴリズムを用いたソフトウェアが要求されることが明らかとなった。そこで、平成30年度は追加でPacBio Sequelを用いてシークエンス量を3倍に増やし、複雑なゲノムアセンブリにおける専門技術を持つ静岡大学の道羅英夫准教授の協力を得て新たなゲノム配列を構築した。現在までに一次配列の構築は終了しており、現在公開されているゲノムよりはるかに優れたものとなっている。 さらに、平成30年度は人工合成されたカイロモンアナログlinoleoyl glycineを用いた反応規準解析系を確立した。これまでの実験系ではカイロモンは実際に天敵であるフサカを飼育した水を使用していたが、含まれているカイロモンの量が不明であり、異なるロットの間で結果が比較できないという問題点があった。人工合成物を使用することで濃度がコントロールでき、より定量的な比較が可能となった。
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今後の研究の推進方策 |
①日本産ミジンコの全ゲノムデータの構築 平成31年度はまず、すでに一次配列の完成している新規全ゲノムについて、遺伝子アノテーションを行いゲノムデータとして完成させる。現在ミジンコゲノムはサンガー法によって構築したゲノム(Colbourne et al. 2011)とイルミナシークエンスによって構築したゲノム(Ye et al. 2017)の2つが公開されているが、両者の間では遺伝子数を始め様々な矛盾が存在する。本研究で構築しているゲノムは現段階で両者と比べてコンティグ数や未決定塩基数などの観点から圧倒的に優れているため、ミジンコゲノムにおける混乱した状況に終止符を打てると期待される。
②F2世代系統群のRAD-seqによる可塑性の責任ゲノム領域の推定 続いて本研究の最終目標である表現型可塑性の進化を担う分子遺伝基盤の理解に向けて、W系統とM系統を交配させたF1世代系統を、さらに同系交配させたF1世代系統群を用いたRAD-seq解析を行う。RAD-seq解析は本来平成30年度に行う予定であったが、研究の過程で新規ゲノムの構築や反応規準の定量方法の検討など、前提となる新たな実験に従事することとなった。しかし結果として前者は①に示したように優れたゲノムの構築に繋がり、後者においても人工カイロモンアナログを使用した実験系が確立できたため、当初の予定より高精度な解析が可能となった。これに加えて、30年度の実験でより高効率で作成できるようになった交配個体を用いることで本年度中に連鎖解析は修了すると期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成30年度に計画していたRAD-seqを平成31年度に行うこととしたため、高額な消耗品購入にあてる予算分を平成31年度へと持ち越した。
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