生物が環境に応じて表現型を様々に作り変える表現型可塑性は種の繁栄に貢献するすぐれたシステムであり、その分子制御機構がさかんに研究されている。一方で、表現型可塑性を担う因子がゲノム上にどのように分布し、またそれらが世代を経てどのように遺伝し可塑性の進化をもたらすのかといった分子遺伝基盤についてはほとんど解明されていない。本研究ではミジンコの持つ周期性単為生殖という性質を利用した交配実験によってミジンコの示す可塑性がどのように次世代に遺伝するかを明らかにし、さらには戻し交配と連鎖解析によって最終的に可塑性の変化や維持に関与するゲノム領域を決定することを目的とする。これらの研究によって、生物の巧みな環境応答がどのようにして進化したかという生物学における普遍の問題を解明することが可能となる。 平成29年度の研究により、捕食者カイロモンの濃度に応じた表現型の変化パターン(反応規準)が異なるW系統とM系統を用いた交配実験系の確立に成功し、M系統とW系統を交配させたF1世代系統が両者の中間的な反応規準を示すことを明らかにした。平成30年ゲノム解析に必須となる新規全ゲノム配列の構築、およびカイロモンアナログを用いた反応規準の定量的評価手法の確立を行った。そして計画最終年度の平成31年度(令和元年度)はF2戻し交配系統群の作成に注力し、最終的に100以上の戻し交配系統の作出に成功した。また国際共同研究により、ミジンコの誘導防御の制御におけるWntシグナルの関与を解析した。これらの研究が達成されたことにより、ミジンコの表現型可塑性の遺伝基盤の研究が大きく進展した。
|