ヒトは地上二足歩行に適した身体構造・機能を有するが、雲梯に上肢で懸垂して前進するブラキエーションのようなロコモーションを行うこともできる。本研究は、ブラキエーション時の体幹・体肢の活動を運動学的および筋電図学的手法によって比較分析し、ヒトのロコモーション全般における姿勢調節の機序を明らかにすることを目的とした。昨年度までに、歩行時の体幹安定に働くとされる脊柱起立筋の、実験室内に設置した雲梯を支持基体としたブラキエーション時の筋電図解析を行った。片手支持期に支持手側の筋活動が増加することから、この時期に体幹姿勢を安定させて体肢の振り出しに備えていると考えられた。また、上肢での懸垂型動作であるブラキエーション時に規則的な下肢運動が生じていることを確認した。 2019年度は、ブラキエーション時の下肢関節(股・膝関節)運動と下肢筋(大腿直筋、内側広筋、大腿二頭筋、大殿筋)の筋電図との同時計測を行った。下肢筋活動のタイミングや量は個人ごとに異なるが、下肢関節は規則的に運動しており、股関節角度の変化パタンは個人間で類似していた。また、ストライド長の異なるブラキエーションで、身体質量中心の運動を比較した。ストライド長が長い場合の身体質量中心には、テナガザルのブラキエーションで知られているように、片手支持期において振り子様の運動が確認された。ストライド長が短い場合には、身体質量中心は両手支持期に下行、片手支持期に上行した。これらの結果から、ヒトのブラキエーションでは、下肢関節運動はパタン化されているが、筋活動は個人ごとに特定の関節運動を実現するために働くので個人差が生じるのだと考えられた。また、身体質量中心は、重力を利用した振り子様運動になる場合と、前進以外の要素を小さくする場合の2パタンがあることが示唆された。
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