本研究の目的は、日本庭園の素材としてよく用いられる菊と竹に焦点を当て、その香気成分の効果に関して、以下の仮説を明らかにすることであった。 1:菊と竹の芳香には、記憶誘発効果がある。 2:菊と竹の精油の効果は、その主な成分の混合油で代替できる。 3:健常者に有効な芳香は認知症患者にも有効である。 実施計画は、前半にアメリカのラトガーズ大学の研究協力者と共同で、菊と竹に含まれる香り成分を分析し、その主な構成要素とされる香油による健常者を被験者とした実験を行う実験1、そして後半に介護施設に入居している高齢者を対象とした介入実験2によって構成されていた。ところが、菊の香り成分について詳しく分析すると、菊の香り成分が品種によっても花の新鮮さによっても多様であり、特に構成要素が限定できないことを確認した。また、酢酸ボルニルとユーカリプトールの香りの効果に関しては、健常者を対象とした実験の結果、酢酸ボルニルには沈静、ユーカリプトールには覚醒という正反対の効果があることがわかった。そこで、実験2では、酢酸ボルニルとユーカリプトールについて、その長期的な効果を軽度認知症高齢者に対してpre-post式で行った。被験者グループは、実験グループとコントロールグループを合わせて計70名を対象とした。実験期間中は、起床前後1時間に居室に設置したアロマデイフューザーを作動させ、居室に香気を発散させた。 その結果、ユーカリプトールの微香には認知機能や周辺症状への改善効果があることが明らかとなった。この研究結果は、学会で発表したと共に、これまでアロマ療法は嗅覚が衰えた高齢者には効果がないとされていた常識を覆し、香りの導入によって施設などに住む高齢者の生活の質の改善に向けて大きな貢献が期待できる研究として、その重要性、社会性などの観点からScientific Reportsに掲載された。
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