研究課題/領域番号 |
17K07666
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研究機関 | 鳥取大学 |
研究代表者 |
児玉 基一朗 鳥取大学, (連合)農学研究科(研究院), 教授 (00183343)
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研究分担者 |
石原 亨 鳥取大学, 農学部, 教授 (80281103)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 植物病原菌 / 腐生菌 / ネクロトロフ / 二次代謝産物 / ゲノミクス |
研究実績の概要 |
植物病原糸状菌による植物毒素などの生理活性物質生産は、菌の発病ストラテジーにおいて極めて重要な位置を占める。そのため、一般的に病原菌は、腐生菌(非病原菌)と比較して多種多様な生理活性・化学構造を有する二次代謝産物(secondary metabolite、SM)を生合成する。さらにSMは、宿主植物を加害するためだけではなく、宿主不在期間は、土壌中などにおける他者との競合と生存のため活用されている。また、エンドファイトでは、宿主との共生関係確立にSMが重要な役割を果たす。すなわち、SMは、腐生菌(非病原菌)、共生菌および病原菌を分かつ要因のひとつとなり、さらに病原菌においてはエフェクター分子として病原性の分化に大きく寄与してきたと考えられる。本計画では、糸状菌が生産する多様なSMに焦点を当てるが、特に毒素などのSM生合成を菌の生存・発病ストラテジーの一つとしてとらえ、生合成の分子機構と多様性、また生合成系の進化について検討した。研究においては、世界的にもメジャーなネクロトロフ(necrotroph)植物病原菌であるAlternaria属菌を主として使用した。本菌は、病原菌のみならず、腐生菌およびエンドファイト(共生菌)も含んでおり、菌の多様なライフスタイルを決定する分子機構解明の優れたモデル糸状菌である。さらに、比較検討のため、他のネクロトロフ病原菌(毒素生産菌)として、Corynespora属およびCochliobolus属病原菌を使用した。また、典型的なエンドファイト菌として、Epichloe属エンドファイトも対象に加えた。これらライフスタイルの異なる各種菌を用いた比較・系統ゲノミクスにより、SM生合成が介在するネクロトロフ菌の生存・発病戦略、多様性形成および進化の分子機構を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、Alternaria属病原菌・腐生菌に加え、Corynespora属およびCochliobolus属病原菌を用いて、比較ゲノミクスに基づくSM生合成遺伝子クラスターと病原性の進化機構について検討した。 宿主特異的毒素 (HST) を生産するAlternaria属菌において、それぞれのHST生合成遺伝子クラスターは、各病原型が保有する付加的小型染色体に座乗している。これら染色体は、病原性染色体またはconditionally dispensable chromosome (CDC) と呼称されている。一方、非病原性 AlternariaにおいてCDCは見出されていなかったが、PFGE解析等を通して、世界各地で分離した非病原性Alternaria株のうち一部の菌株が、小型染色体を保有することが示された。さらに、ペルー由来の小型染色体保有菌株が、トマト病原型CDCと相同性を示すCDC様染色体(proto-CDC)を保有することが明らかとなった。本染色体上にAAL毒素生合成遺伝子クラスターは座乗していなかった。さらに、リンゴおよびイチゴ病原型CDCと相同性を示すproto-CDCの保有株も見出された。これらの結果から、Alternaria病原型の病原性染色体は、proto-CDCに由来する可能性が示唆された。以上の結果から、トマト菌の進化の過程において、腐生菌が保有するproto-CDC上に、病原性を支配するSMクラスターが形成される過程が重要であること、さらのその形成過程に、クラスター単位の遺伝子水平移動が関与する可能性が示唆された。また、エンドファイトEpichloe属菌が保有するSM生合成遺伝子クラスターの比較解析も進めた。 以上の結果から、研究計画は順調に進展していると判断された。
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今後の研究の推進方策 |
比較対象菌株において、SM生合成遺伝子クラスターの同定とカタログ化をさらに進めるとともに、SM生合成遺伝子群の網羅的機能解析、代謝産物の同定を通して、進化・多様性形成過程の推定を行う。対象とする病銀菌、腐生菌および共生菌菌株の保有する各種遺伝子クラスターにおいて、より多数のデータをカタログ化し、比較することにより、オーファンクラスター(生合生産物が未同定のクラスター)を含む、腐生菌・病原菌・共生菌に特徴的なクラスターをピックアップする。その後、個々のSMクラスターをターゲットにした機能解析に基づく、菌の生存・発病戦略を決定する実行因子同定のステップに移行する。その具体的手順は以下である。 1. ターゲットクラスターのノックアウト(KO、遺伝子破壊)・異種発現:まず、クラスターの中心となるPKS、あるいはNRPS遺伝子のKOを遂行し、各クラスターの特異的欠失系統シリーズの作成を完了する。また、ターゲットクラスターの人為的な移入と発現を試みる。2. SM生合成遺伝子クラスター欠失・移入系統の腐生・寄生・共生生活能力の検定:クラスター欠失・移入系統の各種宿主植物に対する病原力、また定着能を接種実験により検定する。3. クラスター欠失・移入系統における代謝産物の化学的同定と進化・多様性形成過程の推定:機能が推定可能なクラスターに加え、機能未知クラスターに関して、クラスター構造からの産物予測や実際のLC-MS解析などを通して、SMの同定を目指す。これにより、SM遺伝子クラスターから最終産物までの対応が明確となる。 以上より、菌の生存・発病戦略における実行因子を明らかにするとともに、腐生菌(非病原菌)、共生菌および病原菌を分かつ要因となるSM/クラスターを同定する。さらに、比較・系統ゲノミクスにより、ネクロトロフ菌のライフスタイルの進化と多様性形成の仕組みを推定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、研究計画遂行のため研究員等雇用として人件費を計上していたが、研究代表者および分担研究者と、それぞれ研究グループの大学院生の連携により研究計画を予想以上にスムーズに進行させることが可能となり、雇用の必要性が生じなかった。そのため今年度については人件費使用を抑え、研究計画から人件費等が必要になると予測される次年度に移すと判断した。さらに、本年度はゲノムデータ解析などPCとデータベースを活用した計画を重点的に進めたため、試薬等消耗品費を抑制することが可能となった。次年度の計画では、研究試薬等の物品を必要とする実験計画が中心となるため、次年度の物品費の一部を繰り越すこととした。これらの変更により、今後の研究計画に必要な予算が確保され、計画を順調に進めることが可能となると考えられる。
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