リンゴ果実に食入したモモシンクイガ幼虫は、果実の防御反応による影響を受け、生存率の低下や発育遅延が生じる。防御反応によって生じる幼虫の発育遅延の程度は個体によって異なり、ほとんど遅延せずにふ化幼虫の食入から20日前後で老熟幼虫として果実を脱出するものから、発育を完了するまでに数か月を要するものまでばらつきが大きい。防御反応によって誘導される二次代謝物の果実内分布は一様でなく、食害部周辺に局在することが明らかになっているが、モモシンクイガの幼虫は果実内を縦横に食い進むため、食害を受けてから誘導される防御物質の蓄積が幼虫の食害に追いつかない場合があると考えた。果実内の幼虫密度が高ければ、他個体の食害によってあらかじめ防御物質が誘導された部位を摂食する確率が高まると考えられることから、1果当たりの幼虫密度を1個体あるいは10個体以上(平均16.1個体)に調整した被害果を野外で作成し、生存率や発育遅延の程度を比較した。その結果、1果当たり1個体が食入した果実における幼虫生存率は58.1%であったのに対し、10個体以上が食入した果実では18.1%と低かった。また、幼虫期間の中央値は、1果実に1個体が食入した果実で22日であったのに対し、10個体以上が食入した果実では35日と長かった。防御反応が起こらない摘果においては、幼虫の食入密度に依存したこれほど顕著な生存率の低下や発育遅延は認められないため、高密度条件下における生存率の低下や発育遅延は幼虫同士の干渉等による悪影響ではなく、食入密度の違いが誘導防御反応を通じて影響していると考えられた。これらの結果は、果実内における防御物質の誘導メカニズムの解明に重要な知見を与えるものである。
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