ゲノム編集とはゲノムDNAの狙った領域を特異的に改変する技術であり、育種への利用が広まっている。植物におけるゲノム編集は、遺伝子組換えによりゲノム編集の発現遺伝子を一旦ゲノムに導入し、その後交配により外来遺伝子を除去する工程を踏む。しかし、後代選抜に10年単位の期間を要し、他殖性のため後代で親の優良形質が分離する樹木において、現在の方法は実用的ではない。我々は、細胞膜を透過する新規膜透過性ペプチド、ポリヒスチジンペプチド(PHPs)に注目し、ゲノム編集要素を一過的に導入する「直接導入法」によるゲノム編集方法の確立を目指している。 最終年度において、1) タンパク質導入効率の向上と細胞へのダメージとの関連、及び2) ゲノム編集要素(Cas9)の直接導入試験、を行った。1) において、27-105 kDaのタンパク質何れにおいても、ヒスチジン数20のPHPsがスギ細胞への導入に適していた。タンパク質を導入したスギ細胞において、FDA染色による生死判定を行ったところ、一定数の細胞で生細胞が認められた。しかし、タンパク質濃度が高い場合、または精製度の低いタンパク質を供試した際には、死細胞が増加する傾向にあった。2) では、1) で確立した条件のもと、Cas9-gRNA複合体をスギ細胞に導入した。その結果、細胞の一部から標的領域の欠失が見受けられた。これは対照試験区では見られず、PHPsによりCas9-gRNA複合体がスギ細胞内に移行し、ゲノム編集を誘導したと考えられた。 研究期間全体を通じて、1) Cas9-PHPs融合タンパク質の効率的な調製法の確立、2) スギ細胞へのタンパク質導入条件の最適化、3) Cas9の直接導入とそれに伴うスギ細胞でのゲノム編集、という成果が得られた。これらは、遺伝子組換えを伴わないゲノム編集システムの確立に向けた重要な基盤知見となる。
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