研究課題/領域番号 |
17K07961
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
矢坂 雅充 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 准教授 (90191098)
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研究分担者 |
清水池 義治 北海道大学, 農学研究院, 講師 (30545215)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 酪農 / 協同組合 / 生産者組織 / 取引交渉力 / ミルクパッケージ / ドイツ |
研究実績の概要 |
EUのミルクパッケージ政策はクォータ制度廃止、生乳市場の自由化のもとで酪農生産者の組織化、生乳取引交渉力の確保を図るもので、今後の日本の生乳市場や指定生乳生産者団体(指定団体)制度改革を念頭において、ドイツにおける制度の適用や機能、評価について調査を行い、検討した。 バター・脱脂粉乳の輸出に積極的で、巨大な農協乳業メーカーの影響力が大きいドイツでは、協同組合組織のもとでの形式平等的な生乳共販や組合員の参画あるいは脱会への硬直的な対応への不満が大規模酪農経営などを中心に高まっている。カルテル庁による2017年3月の酪農協の乳価生産や退会に関する報告書は、酪農生産者団体間での生乳共販をめぐる論争へと展開し、ミルクパッケージにおける生産者団体(PO)の活動や評価にも影響を及ぼしている。 ドイツ南部を拠点とするBayern Megは、協同組合組織ではないが、日本の指定団体と類似した生乳販売組織で、多くのPOから乳業メーカーとの生乳取引交渉を受託するPOである。乳業と会員POなどとのネットワークを活用し、相互のニーズに対応した生乳取引のマッチング機能などの取引仲介業務の実態把握に努めた。 一方、ベルリンに拠点を置くBerliner Milcheinfuhr GmbH(B.M.G.)は生乳ブローカーとして大規模酪農経営と商系乳業メーカーの生乳取引を仲介しており、日本のMMJなどの生乳ブローカーのモデルともいえる企業である。近年は需給調整のために生クリーム製造工場を設置して事業拡大を目指していることが注目される。 ドイツではPOは農業協同組合の組織運営や共同販売への評価や批判と関わって展開しており、非協同組合組織による酪農生産者の組織化が進展している。酪農生産者の垂直的統合ではなく、酪農経営の規模や経営者の考え方の多様化に対応した水平的ネットワーク組織としてのPOの実態が明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
EUのミルクパッケージ政策におけるProducer Organization(PO)は、ドイツの法律に基づいて設置されてきた生産者組織形態であり、これをEU各国に普及することが想定されていることが判明した。EU各国のPOを検討する際のベンチマークとして、ドイツのPOが位置づけられる。協同組合組織の巨大化による組合員と執行部の間の軋轢・不信、不安定な国際乳製品市場による大きな乳価変動、酪農生産者の経営規模や事業内容の多様化による共同販売の限界、主体的に生乳の取引先を選択することへの酪農経営者の欲求の高まりといった具体的な論点が把握されることになり、これからの調査研究を進める際の視座を得ることができた。 フンボルト大学で協同組合について研究しているマルクス・ハーニッシュ教授が調査の一部に同行し、意見交換を行うことができたことも有意義であった。POの機能は、多くの中小乳業メーカーが牛乳やソフトチーズなどを製造している南ドイツと、巨大農協乳業メーカーがバター・脱脂粉乳といった輸出を念頭においたコモディティ乳製品を製造している北ドイツでは大きく異なっており、POのあり方は協同組合や牛乳・乳製品市場と密接に関わっていることなどについて理解を深めることができた。 もっともPOの連合会として生乳取引を仲介しているBayern Megや生乳ブローカーのB.M.G.への聞き取り調査では不明点も多く残されている。それは取引交渉の仲介という業務内容はオープンにすることが難しいからでもあるが、POや乳業メーカーからの検証が行えなかったからでもある。 それでもPO、生乳ブローカー、農協の生乳取引の特質や限界・問題点を、既存の酪農生産者組織や乳業のあり方をふまえて捉えることができた。とくにドイツでは農協批判の受け皿としてPOが利用されており、今後の調査研究の進めるうえで有意義な示唆を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
EUミルクパッケージ政策におけるPOの原型がドイツの生産者組織であり、ドイツ国内でも地域ごとの協同組合組織や乳業メーカーの状況によって異なることを考慮すれば、EU各国のミルクパッケージ関連施策が一様ではないことが理解される。生産調整の廃止にともなう生乳市場自由化の影響やそれへの対応措置としての生産者の組織化は、既存の生産者組織への評価、新たな生産者組織の目的などによって規定されることになり、必然的に多様な展開を遂げていくと考えられる。 今後は協同組合組織が普及していないスペインなどの南欧でPOの展開や、生産者から小売業者にいたるサプライチェーンを構成する事業者の業者間組織がいち早く設立されているフランスとの比較検討によって、取引が自由化された生乳市場における生産者組織の機能や組織のあり方についての具体的な論点を検討していく予定である。調査では行政や業界団体、協同組合、POを対象とするのは言うまでもないが、量販店などの小売業者や乳業メーカーへの聞き取り調査も行いたい。生乳取引は生産者の取引先である乳業メーカーやその先の取引業者である小売業者の事業実態・戦略と深く結びついているからである。 またスペインではPOの会員の生乳部分委託販売を禁止する措置が検討されており、すでにPOの組織改革が始まっている。ドイツのPOの機能や評価についての検討をさらに進めながら、国や地域によって異なる展開をみせているPOの実態を明らかにしていく。 EUにおける農協改革論争、POの組織や機能の多様化をふまえることで、ほぼ同様の機能を担っている日本の指定団体の改革の方向性を弾力的に検討しうると考える。日本では農協が画一的なイメージで捉えられており、短絡的に農協の株式会社化あるいは理念的な協同組合の二者択一的な議論が多いが、それに代わる酪農生産者組織、農業生産者組織のあり方を模索していきたい。
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