研究課題/領域番号 |
17K07991
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
本台 進 神戸大学, 国際協力研究科, 名誉教授 (70138569)
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研究分担者 |
中村 和敏 長崎県立大学, 地域創造学部, 准教授 (40304084)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 労働市場の構造 / 労働分配率 / 実質賃金率 / 労働の限界生産力 / 稲作生産関数 |
研究実績の概要 |
本研究は、これまで主に行われてきた家計消費行動から見る所得格差の発生メカニズム分析において、生産活動における付加価値配分を全く無視していることは適切でないと指摘した。そのうえで生産活動と要素需要の関係を取り込み、インドネシアの所得格差発生メカニズムを解明するため、農業と製造業における生産活動と要素需要が所得格差に及ぼす影響を考察中である。 平成29年度には、農業での労働生産力を調べるために、西ジャワ州スカブミ県で、農家に対するヒアリング調査を行った。他方、製造業においては、ジャカルタ周辺の工業団地において、中堅の日系企業6事業所において重点的に調査を実施した。平成30年度には、農業に関しては統計庁が収集した畑作生産費、労働力に関するデータを中心に収集し、製造業においては4事業所で、従業員の雇用形態、学歴別賃金率などをヒアリング調査した。さらに経済全般に関して、付加価値額や経済指標などに関するデータを収集した。 これらのデータにより、過去約20年間に起こった(1)生産構造の変化、(2)生産要素市場の変化、(3)要素需要の変化、(4)付加価値配分の変化などを数値化した。その結果、次の様なことが分かった。 農業労働力の限界生産性が農業賃金率と等しくなった州もあるが、ほとんどの州においては、前者が後者を下回り、過剰就業状態が続いていることが確認できた。これは労働過剰から不足の転換点以前の状況であり、まだ農業から他産業へ労働力の移動が弾力的であることを示している。また、製造業における生産労働者の賃金率はまだ政府の定める最低賃金率に等しく、それは農業における賃金率と大差なく、実質賃金率が上昇していないことを示していた。すなわち労働生産性が上昇しても、労働分配率が上昇せず、それが所得格差悪化の要因であろうということが分かってきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、先行研究によって明らかにされていることと、未解決の課題を確認するために文献サーベイを行った結果、本研究の主目的である農業や工業などの生産活動と所得格差の関係の分析がほとんど進展していないことが確認できた。 現地調査では、インドネシア中央統計庁において、稲作生産費と畑作生産費の個票原本データ2013年分に加えて、1990年代以降の農村賃金率、非農業部門の賃金率、労働力、経済指標などのデータを収集した。さらに、我々が独自に西ジャワ州スカブミ県で行った農家ヒアリング調査より、農村における(1)生産構造の変化、(2)生産要素市場の変化、(3)生産要素の利用状況、(4)生産要素に対する付加価値配分などのデータを収集した。 本研究においては、研究対象の中心部は農業部門であるが、製造業も研究対象に入れている。そのため、製造業事業所のヒアリング調査は、ジャカルタ周辺の工業団地において、現地系企業と日系企業の両方で10事業所において実施した。これらの調査内容は、過去約20年間に起こった(1)生産構造の変化、(2)生産要素市場の変化、(3)生産要素に対する付加価値配分の変化であった。 収集した情報を整理・分析を行った結果、1990年代以降、農業部門において労働生産性は上昇しているが、34州のうちバリ州を除いて実質賃金率が上昇していないことが分かった。西ジャワ州に集中している製造業の分析においても、労働生産性は上昇していたが、生産労働者の実質賃金率はほとんど上昇が見られなかった。これらが意味することは、付加価値配分で労働者のシェアが低下していることである。今後はこの変化が所得格差に及ぼす影響を計測するのであるが、ここまでの分析成果を2018年9月27~28日に台湾大学で開催されたEAEA学会と11月23日~24日に筑波大学で開催された国際開発学会において報告した。
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今後の研究の推進方策 |
中央統計庁から公表される予定であるがまだ収集されていない2018年以降の労働力統計、賃金率統計、農業および製造業の生産額統計などを収集する。これに加えて、ジャカルタ周辺から離れた地域に所在する5製造業事業所に対して、生産構造の変化、生産要素市場の変化、生産要素需要の変化、付加価値配分の変化などに関してヒアリング調査を実施する。 農業では地域的な差異を利用して長期的な変化を探るため、これまで先進地域の代表としてバリ・西ジャワ・バンテンを、後進地域の代表として中ジャワと東ジャワを重点的に分析してきた。2019年度は、2013年米生産費および畑作物生産費データに加えて、2003年と2008年米生産費データを使用し、ジャワ・バリ以外の州別の農業における労働の限界生産力を計測する。計測結果と農業賃金率とを比較して、国全体と州別に過剰就業が存在するかを判断する。また過剰就業の無い州では何時それが消滅したかを明らかにする。製造業では我々の企業ヒアリング調査データと、統計庁が集計した業種別生産額、労働力、賃金総額などのデータにより生産要素に配分された付加価値額を計測し、1980年以降の労働分配率の推移を推計する。 これらのデータを利用して分析方法は次のようになる。1980年代、1990年代、2000年以降別に、農業の労働生産性が上昇した際に起こる土地・資本・労働に対する付加価値配分の変化を計測する。この変化が地主、自営農、農業労働者に対する所得に及ぼす影響を分析し、さらにそれが所得格差に及ぼす影響を分析する。同様に製造業において、労働生産性が向上した際に、資本所有者と労働者に対する所得配分の変化に及ぼす影響、さらにそれと所得格差の関係を分析する。 これらを総合して、生産活動と所得格差の関係を明らかにし、所得格差発生メカニズムを国内および国際的な学会において報告する。
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次年度使用額が生じた理由 |
労働力調査2018年および工業調査2018年は、インドネシア統計庁において2018年中に調査が実施されていて、調査原本個票は2019年1月頃までには利用可能となるはずであった。それらを購入し、利用する予定であったが、整備が遅れているため購入できなかった。この様な理由で、次年度使用額が発生した。しかし、現在整備中であるため、2019年中には利用可能となることは確実で、利用可能になり次第購入する予定である。 もしそれらが公表されなかった場合には、賃金統計2018、農村賃金統計2018年、経済指標統計(毎月発行)を利用し、労働力調査2018年および工業調査2018年データの一部を推計して分析を行う。
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