かつて萱材の採取地であった過湿地のヨシ原を,“地域を特徴付ける景観”という地域景観資源に転換することで,保全活動を継続している埼玉県加須市「浮野の里」の事例に着目し,特に地域景観資源に対する認識過程を把握した。明治期より存続した3ヵ所の湿地は当時の食料増産の視点からは地域にとって負の要素であり,それは過湿地という自然的条件に起因した。一方,埋没谷からの地下水湧出という地表下の地形や水文により生じた特性でもあり,天然記念物指定を契機に湿地を主な舞台とする景観保全活動が進められてきた。1980年代以降の水田休耕地の増加は産業廃棄物処分地等の対象になり易く,放置ではなく活用が地域課題として持ち上がった。そこで,湿地や田堀り,湿地に生育するノウルシや植栽したアヤメ類に地域アイデンティティーとしての価値が見出されてきた。野焼きの主目的はノウルシだけでなく湿地植生の保全であったが,ノウルシの生育が野焼きといった地域で続けられてきた伝統的な湿地管理手法と結びついていたため,その群落の開花景観を自身らの活動の結果による地域景観資源と捉えていた。これら「あやめ祭り」やノウルシの開花時の外部来訪者の地域評価(地域への誇り)も意識しつつ,活動実績を肯定する中で住民がやりがいをもって景観保全作業を継続していた。そこにおいては,単なる景観保全のための作業に止まらず,コミュニティ醸成の場と認識していたことも,本事例のような住民による景観保全活動の要諦であることが示された。 また,もう一つの重要な景観資源である「クヌギ並木」の特徴把握も行った。3本の並木で計21種,511本の生育を確認し,特に堤上のものは平地農村域にあって大径のクヌギと中径のコナラを主とする雑木林の雰囲気を十分に醸すものであった。水害防止や燃料確保を起源とする本並木群は,地域アイデンティティーとしての正統性を有していることが示された。
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