今日,体外で生産した初期胚を利用して産子を得る受精卵移植技術は,畜産分野では優良家畜の増産や家畜改良に,医療分野(産婦人科領域)では不妊治療に欠かせない技術となっている。しかしながら,体外における初期胚の人為的操作は,初期胚の品質(生存性,活力)の低下,さらには受胎成績の低下にもつながることから,初期胚の品質を改善させるための技術開発が急務となっている。最近,申請者らは近赤外光が初期胚の品質を改善する働きがあることを明らかにした(Yokoo and Mori. 2017)。しかし,その詳細なメカニズムは未だ明らかになっていない。初期胚における光応答機構を明らかにすることができれば,エビデンスに基づく新しい初期胚の品質改善技術を確立することができ,家畜生産や不妊治療に及ぼす波及効果は極めて大きく,これらの分野の発展に大きく貢献することが期待される。 平成31年度(令和元年度)においては,まず,哺乳動物の受精卵に対する近赤外光照射の効果を解析する目的で,凍結融解ウシ体外受精卵に対する効果について検証を行った。その結果、融解後の生存率を改善する効果は認められなかったものの、凍結前照射、融解3時間後照射のいずれにおいても,生存胚盤胞の品質を改善すること(胚盤胞の構成細胞数の増加)が示された。つまり,近赤外光による胚品質改善効果は凍結保存胚にも応用可能であることが示唆された。さらに,昨年度に引き続き,マウス胚のミトコンドリア機能に及ぼす近赤外光の影響について解析を行った。その結果,近赤外光を照射した直後では,ミトコンドリア膜電位やATPなどのミトコンドリア機能に大きな変化はなく,近赤外光の効果は一定時間が経過してから現れる可能性が示唆されたが,初期胚に対する近赤外光の作用機序の詳細までは明らかにすることはできなかった。
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