研究課題/領域番号 |
17K08063
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
黒川 勇三 広島大学, 生物圏科学研究科, 准教授 (00234592)
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研究分担者 |
小櫃 剛人 広島大学, 生物圏科学研究科, 教授 (30194632)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 乳牛 / 抗酸化能 / グルタチオン / 乳房炎 / 乳糖率 / 体細胞数 / 血液代謝産物 / ライフサイクル |
研究実績の概要 |
健康時の尾動脈の血中抗酸化物質の中から、乳房炎の発症リスクと関連する可能性が高いものを抽出するために、以下の試験と解析を行った。6月、8月、11月の3試験期において、それぞれ18頭、12頭、17頭の乳牛において試料採取と分析を行った。血中ビタミンEは6月と11月のみ、血漿中LDH、APLは8月と11月のみ分析した。そのうち7頭は、3試験期すべてで供試した。乳房炎り患歴は、これら乳牛の最初の分娩以降について、農場の記録から求めた。 まず、乳房炎り患歴が有る個体と無い個体で、血中抗酸化物質と代謝産物の濃度を比較した。乳中の乳糖率と血漿中アルブミン濃度(ALB)は、り患歴有群で有意に低い値となり、logSCC(体細胞数)はり患歴有群で有意に高かった。血中抗酸化物質(グルタチオン(GSH)、ビタミンC(VitC)、ビタミンE)濃度には有意な差が認められなかった。 次に、乳房炎り患歴有個体では、最後の乳房炎り患から試料採取までの日数(Days after last mastitis, DALM)、り患歴無し個体では最初の分娩から試料採取までの日数(Days after first calving, DAFC)を求め、これらと乳成分、血液中抗酸化物質濃度、血液性状との相関関係を分析した。DALMと乳糖率、ALBとの間に正の相関が認められ、乳房炎発症時にこれらの数値が低下したのち、回復したと考えられた。logSCCとDALMとの間には相関関係が認められず、り患時に上昇した後低下していないと考えられた。GSHについてはDAFCのみとの間に正の相関関係が認められ、血漿中LDH、ALPもDAFCとの間にのみ負の相関関係が認められ、GSHが高い個体、LDHとALPが低い個体は乳房炎になりにくい性質を持つ可能性を示唆した。 産次や分娩後日数と血中成分との関連については、データの蓄積中で、統計解析はできていない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最終的な目的は、乳牛の血中抗酸化物質や代謝産物の濃度が、将来の乳房炎発症に及ぼす影響を明らかにすることである。29年度には、血液試料採取に対して、過去の乳房炎発症履歴との関連性を調べているのみで、将来の乳房炎発症との関連を解析するには至っていない。これは、乳房炎り患歴の指標としての試料採取開始後の日数が、29年度だけでは不十分なためである。 ただし、過去の発症履歴との関連性を調べることで、研究実績の概要の通り関連性が示唆される抗酸化物質や血液代謝産物がいくつか見つかっている。特に、グルタチオンとLDH、ALPについては、乳房炎り患歴の無い乳牛の無り患日数(初産から血液採取までの日数)と正または負の有意な相関関係があり、無り患日数が長いほうが、高いまたは低いと考えられ、将来の乳房炎無り患と関連が示唆されている。29年度の血中抗酸化物質や代謝産物濃度と、30年度の乳房炎発症との関連性を調べることで、乳房炎発症との関連がより明らかになると期待できる。 この関連性をより明確に把握するためには、これら指標に対する産次や分娩後日数影響を、あらかじめ明らかにしておく必要がある。そのためには、同じ乳牛からの長期間継続した試料採取・分析が必要である。これらの分析により、どのステージの血中抗酸化物質や代謝産物の濃度が、乳房炎の発症と関連する性質を反映するかを明らかにすることができると考えている。また、供試牛のホルスタイン種の疾病発症は夏季の暑熱に大きな影響を受けるため、その影響も把握する必要がある。季節変化については、29年度のデータを用いて一部解析したが、まだ十分な結果を得るに至っていない。
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今後の研究の推進方策 |
29年度には、可能な限り多くの初産牛を供試して、試料採取を行っており、それらの個体を継続して調査することにより、産次や泌乳ステージが血液中抗酸化物質濃度や、血液代謝産物濃度に及ぼす影響を明らかにしていく予定である。30年度は、以下の点を明らかにするべく、試料採取・分析を行ってデータを蓄積し、そのデータと乳房炎発症の関連性の調査を継続する。 ・泌乳ステージが血中抗酸化物質濃度、血液代謝産物濃度に及ぼす影響 初産の4頭を含む乳牛の、分娩前後の変化を明らかにするとともに、どのステージの値が、乳房炎発症と最も密接に関連するかを調べる。 ・夏季暑熱が血中抗酸化物質濃度、血液代謝産物濃度に及ぼす影響 春、夏、秋と同じ個体を継続して調べ、血中抗酸化物質濃度、血液代謝産物濃度の変化を明らかにする。このとき、グルタチオンに関しては、29年度に行った全血を用いた分析に加え、血漿を用いた分析も行って、グルタチオンの動態を明らかにする。 加えて、29年度に得た血中抗酸化物質濃度などのデータと、29年度から30年度にかけての乳房炎発症に関するデータを用いて、生存時間解析の手法で、それらの関連性を調べる。30年度以降も蓄積するデータを用いて、この生存時間解析を進め、その結果をもとに乳房炎発症と関連が高い指標を絞り込んでゆく。その際、産次、泌乳ステージや季節の影響も織り込みながら解析することにより、どのステージ、どの季節に得た指標が、乳房炎発症とより強く関連するかを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度は研究の方向性を決めるため,スクリーニングを目的として,多くのサンプルを採取して可能な限り多くの項目を分析する予定であった。サンプリングはほぼ予定通りに行ったが,当初の予定より少ない分析項目で,十分効果的なスクリーニングがてきたため,分析の費用が少なくて済んだ。特に,費用のかかるビタミンEやビタミンCなどよりも,乳房炎と関連性の高いと考えられる肝機能の指標(LDH,ALP)が見つかったため,全体の費用を抑えることにつながった。今後は,29年度のスクリーニングで絞り込まれた乳房炎と関連する可能性の高い項目のうち,グルタチオンについては,全血の分析に加えて,血漿も分析する予定である。また,分娩前後の変化をとらえるため,グルタチオン分析の試薬を細かく分けて凍結保存しながら使用する予定であり,分析キットの購入数を増やすことになると予想している。これらの分析にかかる費用の増額を,29年度の残額で賄う予定である。
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