研究課題/領域番号 |
17K08071
|
研究機関 | 帯広畜産大学 |
研究代表者 |
石井 利明 帯広畜産大学, 畜産学部, 教授 (50264809)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | パーキンソン病 / 認知障害 / MPTP / cAMP / PKA / Phosphodiesterase IV 阻害薬 / Rolipram |
研究実績の概要 |
パーキンソン病(PD)患者に高頻度に併発する難治性の認知障害の発症機構を解明し創薬の手がかりを見出す目的で以下の方法でPDモデルマウスを作出した。中脳黒質のDA神経細胞を特異的に破壊する1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)をマウスの腹腔内に投与することでPD患者と類似した脳病変が再現できるPDモデルマウスを作出した。以前、研究代表・石井は当該PDマウスの認知機能を調べる目的で、記憶の固定・再固定・消去のそれぞれの機能を文脈的恐怖条件付けテストを用いて評価した結果、記憶の固定と再固定はPDマウスとcontrolマウス間で差はなかったが、PDマウスの記憶の消去はcontrolマウスと比べて亢進し、さらに記憶の保持能力においてもcontrolマウスと比べ有意に低下することを報告した(Life Sci.[2015]137:28-36)。そこでH29年度はPDマウスで認められた記憶の消去の亢進と記憶の保持能力の低下を引き起こす脳領域を特定し当該脳領域の神経細胞の種類と細胞内シグナルを同定した:PDマウスの海馬の歯状回におけるNeuN陽性細胞(~25%)と非陽性細胞(~75%)のcAMP-PKAシグナルの低下が活性型CREBの発現低下に導き、その結果、記憶の消去亢進が生じる。さらに同定した脳領域の当該シグナルを増加させる薬物をPDマウスに投与することで亢進していた記憶の消去機能がcontrolマウスのレベルにまで回復することを証明した:PDマウスにphosphodiesterase IV阻害薬であるrolipramを投与すると、海馬のcAMP含量が有意に増加し、亢進していた記憶の消去機能がcontrolマウスのレベルにまで有意に回復した(J.Pharmacol.Sci.[2017]134:55-58)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
神経活性のマーカーであるc-fosを用いて記憶の消去時に働く脳領域が海馬・扁桃体・前頭前皮質の3つの脳領域であること、また活性化の程度はPDマウスとcontrolマウス間で差はないことが分かった。ところが、記憶形成に寄与する転写因子の1つであるcAMP response element-binding protein(CREB)の発現を当該3つの脳領域で調べると、活性型であるリン酸化CREBの発現量は、PDマウスの海馬歯状回でのみcontrolマウスと比べ有意な減少が認められた。CREBはcAMP-PKAシグナルによりリン酸化を受けて活性化するので、記憶の消去時の海馬におけるcAMP含量をPDマウスとcontrolマウス間で比較した。その結果、PDマウス海馬における記憶の消去時のcAMP含量はcontrolマウスと比べ有意な減少が認められた。これらの結果から、記憶の消去時、PDマウスの海馬歯状回におけるcAMP含量の低下が、活性型のリン酸化CREBの発現量を低下に導き、記憶の消去機能の亢進を引き起こす可能性が示唆された。そこで、cAMPの分解酵素であるphosphodiesterase IVを阻害することでcAMP含量を増やした場合に、亢進していた記憶の消去機能が回復するか否かを調べた。PDマウスにphosphodiesterase IV阻害薬であるrolipram(3 mg/kg, i.p.)を記憶の消去学習60分前に投与した結果、海馬のcAMP含量が有意に増加し、亢進していた記憶の消去機能がcontrolマウスのレベルにまで有意に回復した(J.Pharmacol.Sci.[2017]134:55-58)。以上の結果から、PD患者に併発する難治性の認知障害にはphosphodiesterase IV阻害薬が有効であることを明らかにした。よって研究実施計画通りである。
|
今後の研究の推進方策 |
記憶の消去時、海馬歯状回において活性型リン酸化CREBが発現する細胞は、NeuN(神経マーカー)と共染色するのは僅かに~25%にすぎず、残りの大部分が神経以外の細胞あるいは未熟な未分化細胞に発現している。今後、記憶の消去時、海馬歯状回で活性型リン酸化CREBが発現するNeuN非陽性細胞の細胞種を特定しそれらの生理的意義を調べる。また、黒質-線条体のドパミン神経の傷害が、どのように海馬歯状回の機能異常を引き起こし、記憶の消去の亢進が起こるのか、それらの全容を解明したい。そこで、黒質から海馬歯状回に到達する神経回路やそれらのシグナル分子を明らかにする。これらの神経回路を形成する神経の個々の神経伝達物質やその受容体を特定することで、新薬の開発に繋げたい。
|