研究実績の概要 |
脂肪組織幹細胞(ASCs)は、他の間葉系幹細胞と比べて増殖速度が早く、採取時の侵襲性が低いことから注目されている。これまで、イヌ及びラットのASCsをヒストン脱アセチル化酵素阻害作用をもつバルプロ酸(VPA)で処置すると、その後の神経分化を著しく促進することを報告した(Kuriharaら, 2014; Okuboら, 2016)。VPAによるラットASCsの神経分化の促進には、誘導型一酸化窒素(N0)合成酵素(iNOS)発現を介したNOの産生増加が関与していたことから、まず、産生されたNOが可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化し、cGMP産生経路により神経分化を促進するか検討した。その結果、VPAによるラットASCsの神経分化には、iNOS発現の誘導によるNO産生の増加とsGCの活性化が促進的に関与していることを示した(Okuboら,2019)。さらに、もう一つの経路であるNOによるS-ニトロシル化(SNO)が関与している可能性を検討した。VPA処置後の神経分化誘導により、ビオチンスイッチ法により検出されるタンパク質のS-ニトロシル化が有意に増加していた。分化誘導されたβ3チューブリン陽性の神経細胞は同時にS-ニトロシル化タンパク質陽性であった。神経分化誘導時にTrxR阻害剤Auranofin(AF)を併用してS-ニトロシル化タンパク質を蓄積させると、AF濃度依存的にSNO化タンパク質陽性細胞が増加し、その細胞は同時にβ3チューブリン陽性の神経細胞であった。また、AF濃度依存的に神経細胞マーカー Tubb3, Nefm, Map2の遺伝子発現の増加がみられた。これらのことから、VPAによるラットASCsの神経分化の著しい促進には、iNOS-NO-sGC系の活性化とともにNOによるタンパク質のS-ニトロシル化が関与している可能性が示唆された。
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