研究課題
本研究の目的は、植物の葉に感染する菌Colletotrichum orbiculareが分泌するエフェクタータンパク質と、植物の葉に存在するカルシウム結合タンパク質の相互作用を構造生物学的な手法を用いた試験管内の実験で証明し、その相互作用が実際に葉の細胞内で起こっていることがエフェクターの機能に必須であるという傍証を植物体を用いた実験で得ることである。このように多階層的な実験を組み合わせることで、多くの知見を得られることが期待できる。平成30年度は、以下に述べるような実験を行った。CaM結合部位と予測されたC末端部分を削ったDN3変異体ならびに、CaM結合能を失うようにC末端部分に変異を導入したDN3変異体を設計した。また、これらの発現系を構築した。発現系として、植物培養細胞BY-2の系と大腸菌の系を両方採用した。構築した発現系を用いて、2種類のDN3変異体を調製することに成功した。さらに、どちらのDN3変異体もCaMと相互作用をしないことをNMRの実験によって確認することができた。従って、初年度に得た結果と合わせて考えると、予測した部分がCaM結合部位であることを構造生物学的手法で証明できたと言える。植物体を使った感染実験も行った。発芽後5-6週の植物 N. benthamiana の葉に対してあらかじめ構築したアグロバクテリウムの系を作用させて、DN3もしくはDN3変異体を感染させた。最初の感染から4日後に細胞死を誘導するNLP1を感染させてその効果をみた。野生型DN3ではNLP1の細胞死の効果を抑制することができたが、変異型DN3ではそれがみられなかった。この実験結果は、DN3のCaM結合部位がDN3の生理活性に必要なことを示している。
2: おおむね順調に進展している
今年度までに、以下のことが明らかになっている。植物病原菌Colletotrichum orbiculareが分泌するエフェクターDN3のアミノ酸配列中にCaM結合配列があることを予測した。DN3の発現系を構築し精製方法を確立した。NMRを用いて、DN3がCaMと直接結合する実験データを得た。また、この結合はCa2+依存的に起こることが明らかになった。CaM結合部位と予想される部分に相当する合成ペプチドを準備し、その溶液中の単独構造やCaM結合時の構造に関してCDを利用して調べた。CaM結合部位に相当する部分を欠損したDN3変異体ならびに、CaM結合能を失うようにC末端部分に変異を導入したDN3変異体を設計した。どちらのDN3変異体もCaMと相互作用をしないことをNMRの実験によって確認することができた。次に、植物体を使った実験を行った。まず、細胞死を引き起こすNLP1とその働きを抑制するDN3、ならびにCaM結合能を欠損させたDN3変異体を発現するアグロバクテリウムの系をそれぞれ構築した。DN3変異体のアミノ酸配列は、試験管内実験を行ったものと同一にした。まず、発芽後5-6週の植物 N. benthamiana の葉に対して先に構築したアグロバクテリウムの系を作用させて、DN3もしくはDN3変異体を感染させた。最初の感染から4日後にNLP1を感染させてその効果をみた。以上のように、試験官内の実験、植物体を使った実験の両方で一定の成果を得ることができているので、研究はおおむね順調に進展していると判断される。
植物に感染する菌のひとつ Sclerotinia sclerotiorum が分泌するタンパク質を網羅的に調べたデータベースが最近公開された。これをもとにして、感染に関与するタンパク質の中に CaM 結合能を示すアミノ酸配列を有するものがあるかどうか調べる。このようなバイオインフォマティクス研究によって、DN3の持つCaM結合能が特別なものなのか、エフェクターによく見られる性質なのか知見を得たい。また、これまで2年間の実験はおおむね順調に進展しているので、最終年度は過去に行った実験結果を俯瞰し、論理的に整合性がとれているかどうか、データの質に問題がないか等を検証し、追加の実験を行う。特に、初年度に実施したCaM結合部位に相当する合成ペプチドを用いた実験の検証を行い、結合比や結合・解離定数に関する知見が得られないかどうか確認する。過去2年の研究期間では表面プラズモンやカロリメトリーなど熱力学的なパラメータを得る実験手法を利用していなかったが、これらの手法を活用することで新たな相互作用の特徴に関する情報が得られないかどうか検討する。さらに、DN3が持つ天然変性という構造上の特徴がどのように機能の発現に結びついているかも考察したい。平成31年度は本研究の最終年度にあたる。従って、これまでの成果を取りまとめると同時に学術論文を執筆し、しかるべきジャーナルに投稿したい。
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