研究課題/領域番号 |
17K08220
|
研究機関 | 芝浦工業大学 |
研究代表者 |
北川 理 芝浦工業大学, 工学部, 教授 (30214787)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 軸不斉 / キナゾリノン / 不斉触媒反応 / エナンチオマー精製 / エノラート / アルキル化 / ジアステレオ選択性 |
研究実績の概要 |
平成29年度は,3位窒素原子上にオルト-ブロモフェニル基を有する炭素-窒素軸不斉キナゾリン-4-オン(GABA受容体アゴニスト活性を有するメブロカロン)誘導体の触媒的不斉合成と不斉エノラート化学への適用について検討を行なった. まず,3位に2,6-ジブロモフェニル基を有するアキラルなキナゾリン-4-オンに対し,(R)-DTBM-SEGPHOS-Pd(OAc)2触媒存在下NaBH4を作用させると,エナンチオ選択的ヒドロ脱モノブロモ化(還元的不斉非対称化)反応が進行し,光学活性なメブロカロン誘導体(73-99% ee)が得られることを見いだした.反応のエナンチオ選択性は,フェニル基上置換基の電子効果やNaBH4の当量数によって大きな影響を受けることも明らかにしている.また,光学活性メブロカロン生成物の中圧液体クロマトを行なった際に,顕著なエナンチオマーの自己不均化(SDE)が生じることを見いだし,このSDE現象をエナンチオマー精製として利用することにより,光学的に純粋なメブロカロン生成物を得ることに成功した.さらに,本SDEはハロゲン結合による分子間会合によって生じていることが示唆された. 次に,軸不斉メブロカロン生成物の不斉エノラート化学への適用を検討した.すなわち,2位にエチル基を有するメブロカロン誘導体をLIHMDSで処理しエノラートを形成後,ハロゲン化アルキルを加えたところ,α-アルキル化反応が効率良く進行することを見いだした.この際,軸不斉に基づく立体制御により,(P,S)-配置を有するジアステレオマーが優先して得られた.また,反応のジアステレオ選択性はハロゲン化アルキルの嵩高さに影響を受けることも明らかにしている.さらに,メブロカロンエノラートの回転障壁が大きく低下していることも見いだし,その構造が従来想定されていなかったO-メタル型であると推定した.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度の研究は,メブロカロン誘導体の触媒的不斉合成を中心(目的)に検討を行う予定であった.当初の目的通り,不斉触媒反応を利用して種々の光学活性軸不斉メブロカロン誘導体の合成に成功した他.MPLCを用いるエナンチオマーの自己不均化により,光学的に純粋なメブロカロンを得ることにも成功している.なお,これらの研究成果は欧州化学連合が発行するChem. Eur. J. 誌に掲載されている.このように,昨年度の主たる目標は達成することができた.ただし,昨年度のもう一つの目標であったメブロカロン生成物とメチルボロン酸の鈴木-宮浦クロスカップリング反応による光学活性メタカロン(催眠鎮静剤)の合成に関しては,eeの低下や化学収率の面で問題を残しており,今後の検討課題となっている. 一方で,平成30年度に行なう予定であった軸不斉メブロカロンの不斉エノラート化学への適用に関しては,昨年度中にまとまった成果が得られ,既に米国化学会のOrg. Lett.誌に発表している.なお,軸不斉メブロカロンエノラートは従来考えられていた構造とは異なることが示唆され,構造論的に興味が持たれる他,生成物が不斉炭素原子と軸不斉を併せ持つキナゾリノン誘導体であり,創薬化学の観点からも魅力ある化合物を提供すると考えられる. 以上のように,本研究成果は既に二報の学術論文として公表され(関連研究も含めると4報),さらに,今後発展が期待される新たな知見も得られており,全体的に見ておおむね順調に進展していると判断した.
|
今後の研究の推進方策 |
まず,昨年度未解決であったメブロカロンのメタカロンへの変換を検討する.本変換反応は光学的に純粋なメブロカロンのオルトブロモ基をメチルボロン酸を用いる鈴木-宮浦カップリングによりメチル基に変換するものであるが,昨年度の検討では,化学収率が低く,さらに,メタカロン生成物におけるeeの大きな低下も見られた.本年度は反応条件をより詳細に検討して,化学収率ならびにee低下の改善を目指す. また,昨年度報告した軸不斉キナゾリノンエノラートを用いるα-アルキル化反応をメブロカロン以外の軸不斉キナゾリノン誘導体へ適用する.すなわち,種々のオルト置換基を有する軸不斉キナゾリノンのα-アルキル化反応を行ない,オルト位置換基とジアステレオ選択性の関係を明らかにする.さらに,ラセミ化実験を行なって軸不斉キナゾリノンエノラートの回転障壁を算出し,DFT計算で求めた値と比較することにより,昨年度推定したO-メタル型構造の寄与を検証する. 昨年度見いだした光学活性メブロカロン誘導体のSDEにおいては,オルト位ブロモ基とカルボニル酸素間のハロゲン結合による分子間会合が関与していることが示唆されている(X線結晶構造解析で確認).ハロゲン結合に起因するSDEはこれまで全く報告されておらず,大きな興味が持たれる.そこで,オルト-ヨード基やクロロ基を有する光学活性軸不斉キナゾリノン誘導体を合成し,SDEの程度を比較する.また,ハロゲン結合が起こり得ない基質(例えばメタカロン)を用いてSDEが生じるか否か確認する.さらに,ハロゲン結合が結晶状態のみならず,溶液中でも生じていることを検証する. 以上の知見を基に,抗腫瘍活性を有するエラスチンの触媒的不斉合成についても検討する.
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度より,本学ではヘキサン,アセトン,アルコール類が共用溶媒となり(大学側が支出),当初想定していた溶媒の購入費が削減できたことや(25万円程度),研究が比較順調に進展したこともあって,予定していた試薬やガラス器具を購入する必要が無くなったことが,理由として挙げられる. 今年度本研究を行なう大学院生は昨年度から倍増する予定であり(2名→4名),それに伴ってガラス器具,試薬,液体クロマト用溶媒等消耗品費の支出も増えることが充分に考えられ,繰越金を含めた今年度の予算は妥当である.
|