生体膜におけるホスファチジルセリン(PS)の露出の制御は、細胞死(アポトーシス)や細胞凝固などと密接に関わっており、生命を維持していく上で重要な機構である。リン脂質フリッパーゼATP11Cは、生体膜の外層から内層へとPSをフリップすることで定常時のPSの露出を抑制する膜タンパク質であり、C末端の細胞質領域の異なる3つのアイソフォームが存在する。今般、そのうちATP11Cのアイソフォーム(a)と(b)の間で、(1)PKC阻害剤であるPMA処理に対するアイソフォーム間の応答が異なることを示し、その制御機構が明確に異なることを明らかにした。また、(2)運動性の高いヒト乳がん由来MDA-MB-231細胞やマウスPro-B細胞Ba/F3、およびヒト肝がん由来HepG2細胞など、極性を持った細胞膜で局所的に異なる局在を示すことを明らかにした。さらに(3)アイソフォーム(b)の限局した局在が、そのC末端上のLLSYKHという6残基に依存していることを明らかにした。これらのことは一つの細胞内での局所的なPS露出の厳密な制御機構が存在することを意味するものである。また、(4)各組織や様々な細胞においてATP11Cの各アイソフォームの発現分布を定量性をもって明らかにし、生体内でのATP11Cの働きを考える上で重要な知見を提供することとなった。それから、(5)CRISPR-Cas9システムを用いてATP11Cノックアウト細胞し、そこからアイソフォーム(a)または(b)のいずれか一方のみを発現する細胞を樹立した。これによりATP11Cアイソフォーム(a)と(b)の機能的な違いを明確にしたいという目的であったが、残念ながら細胞運動をはじめとした特定の差異の検出には至らなかった。また、カルシウム応答に応じた局所的かつ一過的なPSの露出が見られるのではないかという予想も、期待通りには行かなかった。
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