研究課題
ホメオスタシスの破綻が発癌へと繋がる一つの要因であるとすると、その発端は腸内環境の変化である可能性が考えられる。平成29年度には、腸内細菌フローラが産生する短鎖脂肪酸である酪酸(C4)を主に用いて、EP4プロスタノイド受容体および、その情報伝達系への効果をメカニズムと共に分子薬理学的手法を用いて以下の結果を得た。正常大腸上皮細胞の形質や形態を維持している数少ない細胞であるヒト大腸癌細胞株HCA-7細胞に、酢酸(C2)からカプロン酸(C6)までの種々の短鎖脂肪酸を24時間処理した時のヒトEP4受容体の発現を検討した結果、酪酸(C4)のみが有意にEP4受容体の発現を50%程度抑制した。またHCA-7細胞における酪酸(C4)の効果は濃度依存的であり、生理的な濃度に近い0.1 mM を用いた時に細胞障害性もなく、かつ有意にEP4受容体発現量を減少させることを見出せた。さらに、酪酸(C4)の濃度依存的なプロスタグランジンE2 (PGE2)刺激によるcAMP産生量の減少がみられたことから、酪酸(C4)はEP4受容体の発現を減少させることで、PGE2による生理的作用も減弱させることも明らかにできた。一方で、酪酸(C4)処理により、時間依存的なヒストンH3のアセチル化を、ヒストンアセチル基転移酵素(HAT)であるCBP/p300を介して引き起こすことも明らかにできた。このCBP/p300は転写因子のコアクティベーターとして遺伝子プロモーター上の応答エレメント周辺のヒストンをアセチル化し、クロマチン構造を解放することで転写活性を調節することが知られている。そのため酪酸(C4)によるエピジェネティックな調節が、EP4受容体の発現を制御している可能性が見出された。さらに酪酸(C4)はNa+依存性モノカルボン酸トランスポーターを介してHCA-7細胞内に取り込まれている可能性も見出すことができた。
2: おおむね順調に進展している
平成29年度の研究において腸内細菌フローラが産生する酪酸(C4)が、EP4受容体の発現をエピジェネティックに制御している可能性を見出せた。これまでの我々の研究から、EP4受容体の過活性が、初期大腸癌マーカーであるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)発現や、それによって産生されるPGE2がEP4受容体を介したポジティブ・フィードバック機構を形成し、それが大腸癌発症への鍵となることを示唆し、報告してきた。また近年増加している大腸癌の発症理由として、食生活の変化が言われているが、この食生活の変化により腸内細菌フローラそれ自体の構成菌や産生産物が変化することも言われている。さらに大腸癌患者の便中では短鎖脂肪酸濃度が減少していることが報告されていることから、食生活の変化により大腸内での酪酸(C4)を含む短鎖脂肪酸の量が減少することが大腸癌発症の引き金となる可能性が極めて高い。すなわち我々が平成29年度に明らかにした酪酸(C4)によるEP4受容体の発現減少が意味することは、大腸内の酪酸(C4)量が減少することで、発現量が制御されていたEP4受容体数が亢進し、それに続くCOX-2発現の亢進と、その産生物であるPGE2の増加により、EP4受容体が過活性化することで大腸癌が発症するとした我々の提案しているメカニズムを裏打ちする成果であると考えられる。さらに酪酸(C4)によるEP4受容体の発現制御はエピジェネティックに調整されている可能性があることから、最初期の段階でのEP4受容体の発現亢進は、酪酸(C4)を処置することで抑制される可能性を示唆しており、初期大腸癌の治療に関しても非常に重要な成果であると考えられる。
平成30年度には、平成29年度に大枠を明らかにした酪酸(C4)によるEP4受容体の発現メカニズムの詳細と、COX-2発現など癌化を制御するEP4受容体情報伝達系への影響をウエスタン・ブロッティング法などで解析し、論文化を進めることで社会に発信したいと考えている。さらに短鎖脂肪酸減少条件下でも大腸癌を改善させるメカニズムの探索として、アレルギーなどにより増大してくる2型免疫反応を担う生理活性物質に注目し、EP4受容体系の、どこに、どのように作用するのかを中心に解明して行きたい。そこで、マスト細胞やTh2細胞などから放出されるインターロイキン-4(IL-4)や、インターロイキン-13(IL-13)などの2型免疫反応を担う生理活性物質を、その候補として検討して行きたい。特にIL-4は、p300/CBPなどのHAT活性の亢進作用を有することから、平成29年度に明らかにした酪酸(C4)によるEP4受容体発現減少メカニズムを酪酸(C4)の非存在下においても活性化させている可能性も考えられる。そのため、EP4受容体プロモーター活性への影響を、ルシフェラーゼ・アッセイにて、またEP4受容体や関連遺伝子発現などへのエピジェネティックな効果についても、ウエスタン・ブロッティング法などを用いて解析したい。本研究を推進することで、簡便で効果的な大腸癌の予防法・予防薬、あるいは癌発症初期段階での治療・改善薬への開発へと発展できれば、食事・食文化のQOLをある程度保ちながら、限られた医療費でまかなえる健康な高齢化社会の実現の一端として貢献できるのではないかと考えている。
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