研究課題/領域番号 |
17K08308
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研究機関 | 徳島大学 |
研究代表者 |
藤野 裕道 徳島大学, 大学院医歯薬学研究部(薬学域), 教授 (40401004)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | プロスタノイド受容体 / PGE2 / 結腸癌 / 酪酸 / IL-4 / ヒスタミン |
研究実績の概要 |
ホメオスタシス維持のため正常な大腸上皮細胞は、細胞増殖を繰り返し3日から5日後に頭頂部にて脱落するターンオーバーを繰り返す。このサイクルが破綻し、過剰な細胞増殖が繰り返されると、発癌へとつながることが考えられる。平成29年度には腸内細菌叢が産生する酪酸が、初期大腸癌に関るEP4受容体自身の発現をエピジェネティクに制御している可能性を見いだした。平成30年度の研究では、以下の結果を得た。(1)ヒト初期大腸癌HCA-7細胞において、酪酸の濃度依存的にEP4受容体が減少するが、それに伴い、プロスタグランジンE2(PGE2)刺激により誘導されるシクロオキシゲナーゼー2(COX-2)発現量も減少すること。(2)この酪酸の取込みは、Na+依存性モノカルボン酸トランスポーター(SMCT)-1を介していること。(3)Cancer Genome Atlas databaseを用いてin silico解析を行ったところ、大腸癌組織のほうが対応する正常組織に比べてSMCT-1 mRNAの発現が低いこと。またアレルギー疾患罹患時に、作用機序の不明確な大腸癌改善効果が報告されている。アレルギー疾患などには、一般的にインターロイキン4(IL-4)や、ヒスタミンの関与が知られている。そこでHCA-7細胞を用いて、IL-4やヒスタミンの存在下で、PGE2刺激によるEP4受容体情報伝達系への影響を検討した。その結果、(4)IL-4の存在化では、PGE2刺激により誘導されるCOX-2発現量が減少すること、(5)ヒスタミン存在化においてもPGE2刺激により引き起こされる細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)のリン酸化が抑制されることも見いだした。以上の結果は、酪酸、IL-4、そしてヒスタミンは、EP4受容体、あるいはその情報伝達系を抑制することで、HCA-7細胞の癌悪性化シグナルを抑制する可能性を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度の研究において、酪酸によるエピジェネティックなEP4受容体の発現抑制により、初期大腸癌マーカーであるCOX-2の発現も抑制することを明らかにできた。また酪酸のCOX-2発現抑制作用は、SMCT-1を介していることも明らかにした。さらにin silico解析により実際の大腸癌患者ではSMCT-1の発現が減少していることも見いだすことができた。クリプト基底部における短鎖脂肪酸の濃度は、管腔部と比べて1/10倍程度低いことが報告されていることから、クリプト基底部から管腔部へと大腸上皮細胞が移動するにつれて、上皮細胞は、より高濃度の短鎖脂肪酸に暴露されることが予想される。つまり正常細胞における細胞増殖活性を抑制する要因の一つは、短鎖脂肪酸の濃度上昇が考えられる。本来であれば途中で抑制される細胞増殖が、何らかの原因で活性化したままの状態が、大腸癌発症の第一歩であると推測される。すなわち、食物繊維の摂取不足などの食の欧米化により大腸上皮細胞周辺の短鎖脂肪酸量が減少することでEP4受容体情報伝達系が過活性化し、細胞増殖機構を活性化し続けることが、発癌の一つの要因である可能性を示唆することができたと考えている。またアレルギー疾患と大腸癌との関連性を解明するため、IL-4やヒスタミンと、それら受容体シグナルがEP4受容体情報伝達系に与える影響についても着手し始めたことから、研究は概ね順調に伸展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度には、着手し始めたIL-4やヒスタミンなど、アレルギー関連因子が大腸癌に与える影響についてEP4受容体情報伝達系を中心に展開して行きたい。特にIL-4によるCOX-2発現・PGE2産生への影響の解析について、EP4受容体発現それ自体や、その活性化状態などを、レポーター・ルシフェラーゼ・アッセイ、ウェスタン・ブロット法、qRT-PCR法などを用い明らかにして行きたい。またIL-13は、アラキドン酸代謝経路への作用が報告されていることから、そのEP4受容体情報伝達系への影響や、IL-4との役割の違いなども明らかにして行きたいと考えている。ところでアレルギー・アトピー・喘息の罹患者では、大腸粘膜層で増加したマスト細胞由来のヒスタミンそれ自体によるβカテニン系の活性化を介した癌化への関与が示唆されていることから、大腸癌改善への直接の関与は少ない可能性が高いと考えていた。しかしながらヒスタミン存在化においてもEP4受容体刺激により引き起こされる細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)のリン酸化が抑制されることも見いだせたことから、EP4受容体情報伝達系を制御することで癌悪性化改善効果があり得る可能性が示唆された。そのため、ヒスタミン系がEP4受容体系に与える影響や、そのメカニズムも明らかにして行きたいと考えている。さらに、酪酸によるEP4受容体発現制御機構を推進したことで、食物繊維の摂取不足などにより大腸上皮細胞周辺の短鎖脂肪酸量が減少することと発癌との関係性の一端を明らかにできたことから、それらの内容に関して学会での発表および論文化を進め、日本および海外の研究者や学生などへの理解を促す社会への還元を行って行きたいと考えている。
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