白血病阻止因子(LIF)が、脳神経細胞の軸索成分であるミエリンの形成を促進することが知られている。一方、我々は以前の研究において、LIFによるミエリン形成が、ストレスへの適応に重要であることを示唆する知見を得ている。本研究では、この仮説を証明するための検討を行い、以下の結果を得た。 1)ストレス適応および非適応マウスの海馬におけるLIF、ミエリン構成タンパク質およびミエリン形成に関与するシグナル伝達因子の変化について検討した結果、適応マウスにおいて、LIFの増加とともにERK-CREB-BDNFシグナルの特異的な亢進が認められた。一方、非適応マウスでは、LIFの増加ならびにERK-CREB-BDNFシグナルの亢進が認められず、ミエリン構成タンパク質が減少していた。また、5-HT1A受容体作動薬の投与により非適応マウスの情動性の低下ならびにミエリン構成タンパク質の減少が抑制され、ERK-CREB-BDNFシグナルの亢進が認められた。 2)ストレス適応および非適応マウスにおける海馬アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトの変化について検討した結果、適応マウスではアストロサイトが活性化していたのに対し、非適応マウスではアストロサイトの活性化が認められず、オリゴデンドロサイト未熟および成熟細胞がともに減少していた。また、これらの変化は、5-HT1A受容体作動薬の投与により抑制された。 以上の知見から、海馬アストロサイト由来のLIFがオリゴデンドロサイトによるミエリン形成に寄与しており、この機構の破綻がストレスへの適応障害の一因であることが示唆された。また、5-HT1A受容体刺激はERK-CREB-BDNFシグナルを介してミエリン形成を促進し、ストレスへの適応障害を改善することも示唆された。したがって、ミエリン形成に主眼をおいた研究のさらなる推進が、うつ病などのストレスへの適応障害に起因する疾患の病態解明や新規治療法の開発につながると期待される。
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