研究課題/領域番号 |
17K08327
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研究機関 | 姫路獨協大学 |
研究代表者 |
矢上 達郎 姫路獨協大学, 薬学部, 教授 (00363812)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 神経細胞特異的エノラーゼ / 過酸化水素水 / cJUNキナーゼ / カスパーゼ / ユビキチン / プロテアソーム |
研究実績の概要 |
我々は、15デオキシ-デルタ12,14-プロスタグランジンJ2 (15d-PGJ2)を含むシクロペンテノン型プロスタグランジンを神経変性疾患メディエイターとして報告してきた。15d-PGJ2の神経細胞毒性に既知受容体は関与しておらず、神経細胞膜上に受容体とは異なる15d-PGJ2膜標的タンパク質の網羅的同定に成功した。今回、膜標的の一つ神経細胞特異的エノラーゼ(NSE)の機能解析を行った。ラット大脳皮質神経細胞において、NSEは細胞質ばかりでなく神経細胞膜表面にも局在していた。抗NSE抗体によりH2O2が産生され、神経細胞死が誘導された。H2O2には神経細胞毒性が知られており、その下流にはMAPKが位置している。抗NSE抗体による神経細胞死において、MAPKのうちJun amino-terminal kinases (JNK)の関与が示唆された。また、その神経細胞死はカスパーゼ3の不活性化を伴っていたので、アポトーシスではないと考えられた。さらに、抗NSE抗体はユビキチン化蛋白質の蓄積を抑制することを見出し、ユビキチンープロテアソーム系の亢進が示唆された。ユビキチン化蛋白質の蓄積増大が神経細胞変性に関与していることは知られているが、蓄積減少が神経細胞死にどのように関わっているのか不明である。我々は、昨年度別の15d-PGJ2標的タンパク質である膜14-3-3ξに関する解析結果を報告しており、本年度と同様の結果を得ている。さらに、両標的に対する抗体による細胞死が、カスパーゼ3の不活性化ばかりでなくカスパーゼ1の活性化も伴うことを新たに見出した。カスパーゼ3抑制とカスパーゼ1およびユビキチンープロテアソーム亢進を伴う抗NSE抗体による神経細胞死が、既知の神経細胞死に分類されうるのか、今後検討する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
神経細胞特異的エノラーゼ(NSE)は神経細胞の細胞質に発現し、解糖系酵素の一つとして知られている。NSE自体の形質膜への局在機構については良く分かっていないが、中枢神経系において膜NSEは連鎖球菌感染後自己免疫疾患の自己抗原の一つとして報告されている。本自己免疫疾患では、運動および精神に障害をきたすが、その発症機序は不明である。今回、細胞質NSEではなく膜NSEの機能を特異的に解析するために抗 NSE抗体が用いられた。抗NSE抗体刺激により神経細胞死が惹起され、神経毒性が報告されている過酸化水素水産生を介している事が判明した。膜NSEは15d-PGJ2膜標的タンパク質の一つとして見出されたが、興味深いことにその細胞死惹起機構は 15d-PGJ2の機構とは異なっていた。 15d-PGJ2は、カスパーゼ3を活性化し、ユビキチンープロテアソーム系を抑制することが知られている。さらに、15d-PGJ2はカスパーゼ1も活性化し、同様に抗NSE抗体もカスパーゼ1を活性化することを見出さした。しかしながら、抗NSE抗体は、カスパーゼ3を抑制し、ユビキチンープロテアソーム系を亢進していた。グルタチオン等のチオール系抗酸化剤は 15d-PGJ2神経細胞毒性に対し保護効果を示すが、抗NSE抗体神経細胞毒性に対しては示さなかった。一方、過酸化水素水を還元するカタラーゼは抗NSE抗体神経細胞毒性に対し保護効果を示すが、 15d-PGJ2神経細胞毒性に対しては示さなかった。 15d-PGJ2によるアポトーシスが膜 NSEを介している直接的証拠は得ることが出来なかった。むしろ、膜 NSE刺激による神経細胞死は既知の細胞死とは異なるのではないかと示唆される興味深い結果となった。
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今後の研究の推進方策 |
1)我々の知る限り、中枢神経系において7つの細胞死が報告されている。プログラム細胞死としてアポトーシス、ピロプトーシス、フェロプトーシス、オートファジー様細胞死とネクロプトーシス、事故的細胞死としてネクローシスとオンコーシスが知られている。抗NSE抗体による神経細胞死が新規か否かを調べるために、ATPの細胞内含量、ユビキチン-プロテアソーム系以外のタンパク質分解酵素(カルパイン・カテプシン等)、PI取り込み、クロマチン凝集、DNA断片化、形態変化等を指標に今後評価する予定である。 2)HSPA8は癌細胞表面に発現していることが知られている。我々は15d-PGJ2膜標的タンパク質の一つとしてHSPA8を既に報告している。脳卒中等で増加するHSPA8には神経細胞保護効果が知られているが、同様に増加する抗HSPA8抗体が神経細胞にどのような影響を与えうるのかは不明である。HSPA8が神経細胞の表面にも局在していることを見出しているので、15d-PGJ2によるアポトーシスが膜HSPA8を介しているのか否かを抗HSPA8抗体を用いて今後解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初,15d-PGJ2標的タンパク質として同定したPKM1, GAPDH, HSPA8, TCP-1α等の機能解析を行う予定であった。本年度は、主にNSEに集中して解析し、他の標的の解析が出来なかったため、未使用額が生じた。このため、次年度はNSE以外の15d-PGJ2膜標的タンパク質についても機能解析を行い、また研究発表も行い、未使用額はその経費に充てることとしたい。
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