本研究では、巷に氾濫する環境化学物質の毒性影響おける作用点としてエストロゲン受容体(ER)に注目した。ERには、ERαとERβが存在し、ERαに直接作用せず抗エストロゲン作用を示す物質として、大麻主成分のテトラヒドロカンナビノール(THC)を見出していた。THCはERの別のサブタイプであるERβの発現増加を介してエストロゲンによるERαの活性化を抑制した。本申請に向けての検討において、ERβの誘導を示した化学物質はエストロゲンシグナルを抑制することを見出した。 ERβには4種類のスプライスバリアントが存在し、ERα抑制性とそうではないものが存在する。従って、THCを含めた本研究で注目する化学物質はERβの選択的スプライシングに異常を誘発することで、ERα機能を抑制する可能性がある。ERβは乳がんや認知症などの疾患との関連が指摘されており、これらの疾患がERαとERβスプライスバリアントの機能的相互作用により生じた可能性がある。本研究では、エストロゲンシグナル撹乱性の環境化学物質の毒性指標としてERβを確立し、その関与を証明することを目指す。特にビスフェノールA(BPA)の代替品として汎用されているビスフェノールAF(BPAF)に焦点を当て、解析を進めた。BPAFによる毒性影響はその曝露濃度によって異なっていた。すなわち、BPAFは高濃度領域においてERβを誘導し、特にERβ2の発現増加を来した。しかし、低濃度領域においては、BPAFはERβ2を誘導せず、自身がアゴニストとしてERβ1の転写活性を促進した。ERβ2はリガンドによって活性化を受けないスプライスバリアントであり、ERαと相互作用することによりERαの機能が低下する。 従って、BPAFはその曝露濃度に応じてERβ1の転写活性化作用及びERβ2発現誘導の両側面からERαの機能を抑制する、抗エストロゲンとして機能することが明らかになった。
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