研究課題
幹細胞の存在が中枢神経系を含む多くの組織で報告されており、その自己複製能と分化能の厳密な調節を通じて組織の恒常性維持が保たれている。神経幹細胞は中枢神経系を構成するニューロンとグリアに分化できる多分化能を持つ細胞で、継続的に機能的な神経細胞を個体の一生を通じて供給している。神経系の構築にはエピジェネティックな調節機構が関与し、その破綻が神経幹細胞の維持や神経発生、高次脳機能に大きな影響を与える。しかしながら、エピジェネティック因子により、これらの事象がどのように制御されるのかについての詳細な分子機構は、未だ不明である。本研究では、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウスを用いて、神経幹細胞の自己複製および神経分化におけるヒストンアセチル化の役割を明らかにすることを目的とし、当該年度は以下の結果を得た。1、抗ヒストンH3S10リン酸化抗体を用いて細胞周期のM期の細胞を免疫組織学的に解析した結果、胎生期16.5日の神経幹細胞特異的Tip60欠損マウスの脳室帯と脳室下帯でM期の細胞が著しく増加していた。Tip60ヒストンアセチル化酵素の細胞周期調節機構の存在が示唆された。2、胎生期16.5日から18.5日の大脳皮質の免疫組織学的解析から、大脳皮質の層構造に異常が認められ、Tip60ヒストンアセチル化酵素が神経分化のみならず神経細胞の移動にも関与することが明らかとなった。3、胎生期14.5日の大脳皮質よりRNAを抽出し、RNA-seq解析を行ったところ、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウスの大脳皮質では、神経分化に関連する遺伝子の発現が著しく低下していた。4、胎生期14.5日の神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス脳の大脳皮質より調整したニューロスフェアを分化培地で培養したところ、神経分化が著しく抑制され、アストロサイトへの分化が著しく増加していた。
2: おおむね順調に進展している
現在までの研究目的は、おおむね順調に進展している。神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス胎児脳では分裂期の細胞が減少しているだけでなく、M期の細胞が蓄積しており、新たな細胞周期調節機構の存在が示唆された。また、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス胎児脳では大脳皮質の層構造形成に異常が認められ、神経細胞の移動にもTip60ヒストンアセチル化酵素が関与することが分かり、解析も順調に進行している。
今後、以下について研究を進める予定である。1、ニューロスフェアを用いた分化誘導系では、顕著な違いが認められることから、ニューロスフェア法を用いて増幅した神経幹前駆細胞よりRNAを抽出し、次世代シーケンサーによりRNA発現解析を行う。神経分化にともないTip60ヒストンアセチル化酵素により調節される標的遺伝子を同定する。2、レンチウイルスにより神経幹前駆細胞へ効率良く遺伝子導入が可能であることから、Tip60を発現するレンチウイルスを培養神経幹前駆細胞に感染させ、その増殖能や分化能の回復を検証する。神経幹前駆細胞の増殖能の回復は、細胞数の経時的測定とブロモデオキシウリジン(BrdU) の取り込み測定によって評価する。また分化能の回復は、ニューロン (Tuj1) およびアストロサイト (GFAP) の各マーカー遺伝子の発現を検討する。3、大脳皮質は特徴的な6層の層構造を形成する。マウス胎児脳組織を用いて、種々の層特異的なマーカーに対する詳細な免疫組織学的解析を行う。
次年度は、必要なマウスを維持するとともに、ニューロスフェア法による遺伝子発現解析とマウス胎児脳の組織学的解析を主に行う。研究の実施にあたり、以下の様に助成金を使用予定である。1、経費の主要用途は消耗品の購入で、細胞培養試薬(培地、血清、成長因子など、100千円)、生化学・分子生物学用試薬(酵素、抗体、PCRプライマー、キット、化学試薬など、100千円)、細胞培養器具(フラスコ、プレート、ピペット、チューブ、チップなどのプラスティック類、60千円)、組織染色に必要な器具・試薬(56千円)の購入が必要とされる。2、実験動物、マウス維持費として100千円。3、学会発表などで研究成果を報告するために必要な出張旅費として50千円。4、論文を誌上発表するために必要な経費として論文投稿費用(50千円)。
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Sci Rep.
巻: 9 ページ: 9787
doi: 10.1038/s41598-019-46217-5
http://www.jichi.ac.jp/biochem/kinou/