幹細胞の存在が中枢神経系を含む多くの組織で報告されており、その自己複製能と分化能の厳密な調節を通じて組織の恒常性維持が保たれている。神経幹細胞は中枢神経系を構成するニューロンとグリアに分化できる多分化能を持つ細胞で、継続的に機能的な神経細胞を個体の一生を通じて供給している。神経系の構築にはエピジェネティックな調節機構が関与し、その破綻が神経幹細胞の維持や神経発生、高次脳機能に大きな影響を与える。しかしながら、エピジェネティック因子により、これらの事象がどのように制御されるのかについての詳細な分子機構は、未だ不明な点が多い。本研究では、神経幹細胞特異的Tip60ヒストンアセチル化酵素欠損マウスを用いて、神経幹細胞の自己複製および神経分化におけるヒストンアセチル化の役割を明らかにすることを目的とし、本研究を通じて以下の結果を得た。1、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス胎児は小頭症を示した。2、神経幹細胞特異的Tip60欠損胎児脳では、神経幹細胞の増殖低下やM期進行の異常が認められた。3、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス胎児脳では、PAX6陽性未分化型前駆細胞もTbr2陽性中間前駆細胞も減少していた。4、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウス脳では神経分化が著しく抑制され、アストロサイトへの分化が著しく増加していた。5、大脳皮質の層構造に異常が認められ、Tip60ヒストンアセチル化酵素が神経分化のみならず神経細胞の移動にも関与することが明らかとなった。6、RNA-seq解析を行ったところ、神経幹細胞特異的Tip60欠損マウスの大脳皮質では、神経分化に関連する遺伝子の発現が著しく低下していた。 以上の結果から、神経幹細胞の維持や神経分化は、Tip60ヒストンアセチル化酵素を介したヒストンアセチル化により制御されていることが明らかとなった。
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