マウス顎下腺の導管末端には出生時にまだ腺房がなく、暗い顆粒をもつ末端導管(TT)細胞と、明るい顆粒をもつ前腺房細胞がある。TT細胞の生理的役割は不明であるが、特異的マーカーとして顎下腺C蛋白質(SMGC)が分泌顆粒中に存在する。本研究ではゲノム編集によりSMGC遺伝子の一部に欠損を生じさせ、翻訳のフレームシフトによりSMGCの大部分が欠如するノックアウト(KO)マウスを作成した。KOマウス成獣の顎下腺の形態は腺房および導管系とも正常であった。しかし出生から生後初期において、TT細胞のマーカーであるSMGCが欠如するのみならず、特徴的な顆粒をもつTT細胞が存在しなかった。すなわち、マウス顎下腺においてSMGCという分泌蛋白質の欠如によりTT細胞の分化そのものが起こらないこと、またSMGCおよびTT細胞の欠如は腺房および導管系の生後発達に影響しないことがわかった。SMGC-KOマウスはSMGC遺伝子の一部しか欠損していないので、SMGCのmRNAの大部分を転写するはずであるが、ISHで調べたところ、生後1~2週頃までは本来TT細胞のある介在部導管末端部分の細胞に弱いmRNAシグナルが存在したが、4週頃までに消失した。すなわちこれらの細胞は自身が作るはずのSMGCという分泌蛋白質の欠如により分泌顆粒を持つTT細胞の表現形質を出生時までに失い、続いてSMGC遺伝子の転写能も失うことがわかった。SMGC以外のTT細胞特異的な産物の探索のため、またSMGCやTT細胞の欠如が顎下腺における遺伝子発現に及ぼす影響を見るため、生後2週と4週において野生型とSMGC-KO の雌マウス顎下腺の間で発現量に差のあるmRNAをマイクロアレイ法により比較してみた。しかし両者で発現に差のある遺伝子はわずかであり、その産物であるmRNAや蛋白質で顎下腺の特定の細胞に明確に局在するものは見つからなかった。
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