研究課題
膜受容体のエンドサイトーシスをコントロールするCIN85遺伝子を欠損したノックアウトマウスを作成した。このマウスは、正常なマウスと同様に妊娠し同程度の数の仔を産むが、生まれた子供達はミルクも与えられず2~3日後に死んでしまう。当初、母親がミルクを産生できないことを想定して乳腺の構造と機能を調べたが、出産したネグレクトマウスは十分なミルクを産生していた。次に胎子期環境の違いを解析するため胚の交換移植を行った。ネグレクトマウスの卵管に正常マウスの二細胞期胚を移植し、反対に正常マウスの卵管にネグレクトマウスの胚を移植した。それぞれ誕生した仔を成熟後、妊娠・分娩させ育児行動を観察した。ネグレクトマウス代理母より生まれた正常マウス胚由来の仔は成熟後、正常マウスにもかかわらず強いネグレクトを示した。一方、正常マウス代理母より生まれたネグレクトマウスの胚由来の仔は成熟後、正常な育児行動を示した。次に胎児期のどの因子が将来の育児行動に関わっているかを特定するために、脳下垂体ホルモンの一つであるプロラクチン (prolactin, PRL) の動態を調べた。PRLは授乳や保温など育児行動の発現に必要なホルモンであると考えられている。妊娠後期におけるネグレクトマウスの血中PRL濃度を測定すると、正常マウスに比べ著しく低いことが分かった。また、胎子期における母体からのPRLの影響を検討するために、妊娠後期にPRL分泌が低下しているネグレクトマウスに出産までPRLを投与した。その結果、PRLを投与したネグレクトマウスから生まれた子供達はネグレクトせず正常マウスと同程度に育児行動を示した。以上の結果は、将来(次世代)の育児行動の発現には胎児期の神経内分泌環境、特に母体からのPRL受容が不可欠であり、ネグレクトはその機構の破綻によって起こることを示している。
2: おおむね順調に進展している
平成29年度は「 脳内育児回路における活性化の解析」を行った。脳内育児回路は多くの哺乳動物に保存されている育児行動発現のための神経回路である。視床下部内側視索前野(MPOA)は育児行動において中心的な役割を果たしていると考えられている。この領域には内分泌系や仔からの刺激が入力する。ここからドパミン作動性ニューロンが多く存在する腹側被蓋野(VTA)を介してドパミン神経線維がドパミン受容体の存在する側坐核 (NA)に投射している。腹側淡蒼球(VP)は育児行動の出力を担っている。この脳内育児神経回路(視床下部内側視索前野腹側被蓋野側坐核腹側淡蒼球)において、育児行動の誘発に必要である最初期遺伝子のc-Fosの発現細胞を指標として解析した。ネグレクトマウスでは正常マウスに比べこのc-Fosの発現細胞数が著しく低下していたが、PRLを投与したネグレクトマウスから生まれた子供達のc-Fosの発現細胞数は、子育てする正常マウスと同じレベルまで上昇した。この結果は、母体からのプロラクチンによって将来育児行動に必要な脳内育児神経回路が活性化することを示している。
今後の研究の推進方策として以下の2点に取り組む。今後の研究課題1. 育児行動の発現/育児放棄に関わる遺伝子の同定と発現機構の解析ネグレクトマウス、プロラクチン投与したネグレクトマウスおよび正常マウスそれぞれの胎児脳における神経系の回路形成に関わる遺伝子プロファイルをDNA microarraysとサブトラクト法を組み合わせて網羅的に解析する。これによりネグレクトやネグレクトの回避に関わる 遺伝子(群)の同定と発現機構が明らかになる。2. 感覚器における育仔刺激と育仔行動発現の解析妊娠ネグレクトマウスと仔育てしている正常マウスを同じケージ内で飼育する。ネグレクト マウスは子育てするマウスから、子育ての様子を見て、仔の臭いを嗅ぎ、鳴き声を聞く。これらの刺激によってネグレクトマウスの母親自体と胎仔の内分泌および神経環境の変化を解析する。
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