研究課題/領域番号 |
17K08613
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研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
木村 由佳 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所, 科研費研究員 (60425692)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 亜硫酸 / 硫化水素 / ポリサルファイド / 酸化ストレス / グルタチオン / システイン / MPST / 過硫化 |
研究実績の概要 |
硫化水素(H2S)およびH2Sに硫黄が直鎖状に結合したポリサルファイド(H2Sn、n≧2)は、様々な組織で多様な作用を発揮する新規シグナル分子である。 統合失調症モデルマウスMpst(3-メルカプトピルビン酸硫黄転移酵素)KO及びMpst Tgマウス脳での検討から、MPSTがH2SやH2Snを生合成し、この作用が結合型イオウの増加として観測されることを明らかにした(理研との共同)。しかし、統合失調症患者脳検体のMPST量は、コントロール脳と有意差が認められなかった(理研・福島医大との共同)。 H2SやH2Snの酸化産物である亜硫酸が、両物質より低濃度/同等濃度で神経細胞保護作用を持つこと、これが細胞内グルタチオン(GSH)レベル上昇による抗酸化機能亢進によることを見いだした。亜硫酸はH2SやH2Snの3倍以上の効率でシスチンをシステインに変換する。システインは速やかに細胞に取込まれGSH合成に利用され細胞保護効果を発揮することが分かった(Kimura Y et al, Br.J.Pharmacol. 2018)。H2Sを細胞外液(培地)に添加すると30分程度でその大部分が消失する。高濃度グルタミン酸誘発性酸化ストレスは、その発現に時間がかかり細胞死が顕著となるのはグルタミン酸添加20時間後である。そのため、直ぐに消失するH2Sがどうやって酸化ストレスから細胞を保護するのかという疑問は論文(Kimura Y & Kimura H,2004; Kimura Y et al, 2006))発表当初から筆者らが抱いていた疑問であった。今回得られた結果から、細胞外液に加えたH2Sが、H2Snや亜硫酸に酸化され、それぞれが抗酸化ストレス効果を及ぼすため長時間の細胞保護作用が可能であることがわかった。このように酸化、代謝を含めた観点から含硫化合物の生理作用を検討する重要性が喚起された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
MPST KO、MPST Tgマウス脳での検討から、MPSTがH2SやH2Snを生合成し、この作用が結合型イオウの増加として観測されることを明らかにした。これは今まで本研究室が培養細胞で見いだした知見をin vivoの系で再確認するものであった。 H2S、H2Snの酸化産物である亜硫酸が、両物質より低濃度/同等濃度で神経細胞保護作用を示すことを明らかにした。これは亜硫酸がシスチンをシステインへと効率的に変換するため細胞内システインレベルが上昇し、結果としてGSHレベルが上昇するためであった(Kimura Y et al, Br. J. Pharmacol. 2018)。H2S、H2Snも細胞内GSHを上昇させるが、そのメカニズムは亜硫酸とは異なり、含硫化合物が硫黄の価数、構造の違い等により多彩な作用機構をもつことを再確認した。 研究の結果は、論文4報にまとめ、国際学会3件(うち招待講演2件)、国内学会8件で方向した。 このようにおおむね順調に研究が進展している。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度から進めていた3MPST遺伝子改変ラットからのホモラット(MPST-KO)系統の確立が完了し、ホモラットが安定して得られるようになった。筆者らが報告したようにMPSTはH2S、H2Sn、システインパーサルファイド(Cys-SSH)、グルタチオンパーサルファイド(GSSH)等の過硫化分子の産生を担う酵素である。本年度のMPST-KO、MPST-Tg動物の解析より、過硫化分子を含む結合型硫黄のレベルが、MPSTの発現レベルに依存することが明らかとなった。今後はMPST KOラットを用いて、過硫化分子の産生、生物作用に対するMPSTの関与を詳細に検討していきたい。 また本研究室で作成したTRPA1-KOラットとMPST-KOの交配より、MPSTとTRPA1ダブルKOラットの作成中である。H2SnはアストロサイトにおいてTRPA1チャネルを活性化させて細胞内Ca2+濃度を上昇させる。H2S、H2Snなどの過硫化分子の産生酵素である3MPSTと、H2SnをリガンドとするTRPA1チャネルの両方のKO、つまりリガンドと受容体のKOラットの解析により、生体レベル、細胞レベルでのH2S、H2SnとTrpa1チャネルの関係を詳細に検討していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度はTRPA1 KOラットとMPST KOラット系統の確立と凍結胚作成が終了した。生まれた仔ラットの遺伝子型決定のためのシーケンス(外注)に約38万、凍結胚作成に約74万使用した。またHPLCのサンプル冷却装置の修理に約25万使用した。これだけでも総額137万と、1年間に交付される科研費金額を超えているが、昨年度からの繰越金が多かったために来年度への繰越金が生じた。 現在、TRPA1とMPSTのダブルKOラットの系統を確立中であり、ラットの飼育費、遺伝子型決定のためのPCR消耗品、プライマー、酵素、シーケンス(外注)費用が必要である。ダブルKOラット確立後は凍結胚作成を外注する予定である。得られたKOラットは生化学実験、行動実験、ウェスタン解析、HPLC解析等に使用する。そのため実験消耗品、抗体、試薬、メタノール等が必要である。
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