研究課題/領域番号 |
17K08613
|
研究機関 | 山陽小野田市立山口東京理科大学 |
研究代表者 |
木村 由佳 山陽小野田市立山口東京理科大学, 薬学部, 研究員 (60425692)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 硫化水素 / ポリサルファイド / MPST / TRPA1 / 過硫化 / D-セリン / 統合失調症 / ノックアウトラット |
研究実績の概要 |
硫化水素(H2S)と、H2Sに硫黄が直鎖状に結合したポリサルファイド(H2Sn、n≧2)は様々な組織で多様な作用を及ぼす新規シグナル分子である。その作用機構として、蛋白質システイン残基の過硫化が提唱されているがその詳細は不明である。 申請者らは、H2S合成酵素の1つMPST(3-メルカプトピルビン酸)がH2Sだけでなく、H2Sn、システインパーサルファイド(Cys-SSH)、グルタチオンパーサルファイド(GSSH)などの多数の低分子過硫化物を産生することを報告し、MPSTが蛋白質を過硫化することを提唱した。MPSTにより産生されるH2Snは①NMDA受容体を過硫化して受容体の活性を上昇させる、②アストロサイトのTRPA1を過硫化してNMDA受容体のコアゴニストD-serine放出を促進する、を示してきた。このように、MPSTとTRPA1は相互に働いて生理活性を調節する。本研究ではこのような相互作用の解明する。そのため、MPST、TRPA1、MPST/TRPA1ダブルKOラットの作出を開始し、本年度3系統とも確立が完了した。全ラインとも交配、繁殖良好で、胎生致死がなく産仔が成獣まで問題なく成長し、実験に使用できることが確認できた。これらKOラットを用いてシグナル分子として働きうる低分子過硫化物レベルをLC-MS/MSにより個別測定したところ、KOラット脳では低分子過硫化物レベルが変化していた。 またKOラットでは結合型硫黄レベルも変化した。低分子過硫化物と過硫化蛋白質の合計を反映する結合型硫黄が、LC-MS/MSの結果よりも大きく変化したことから、KOラットでは蛋白質過硫化が変化し、生物作用が変化していると予想される。 理研等との共同研究より、MPSTの高発現に伴う脳内のH2S、H2Snの産生過剰が統合的失調症の病理と関係することを報告した(EMBO Mol Med)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究協力者である木村英雄が2020年4月から山口東京理科大学教授として赴任した。それに伴い、国立精神神経センター(東京)から山口に研究室が移転し、研究機材の引越し、研究室の立ち上げ等の作業に時間がかかった。また山口東京理科大学の実験動物受入れ体制が整っていなかったため、センターから移送したノックアウトラットの繁殖が遅れ、実験に必要な動物が得られなかった。以上の理由により実験開始が遅れたが、現在実験に必要なKOラット3系統が確立し、実験設備も完備したため、本格的に実験を推進できる。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度はMPST、TRPA1(transient receptor potential channel ankyrin 1)、MPST/TRPA1ダブルKOラット系統の確立が完了し、本格的にKOラットの解析が可能となった。予備的なLC-MS/MS解析より、KOラットでは内在性低分子硫化物や過硫化物レベルが変化していることが分かったので、HPLCによる定量解析を進める。また過硫化分子の産生、生物作用に対するMPSTの関与を詳細に検討していきたい。申請者らが報告したようにMPSTはH2S、H2Sn、Cys-SSH、GSSH等の低分子過硫化分子を産生する酵素であり、MPST-KO、MPST-Tg動物(マウス)では、結合型硫黄のレベルが、MPSTの発現レベルに依存する。そのためMPST-KOラットでは、低分子過硫化物だけではなく蛋白質の過硫化が低下している可能性がある。申請者らH2S、H2Snにより細胞内のグルタチオン(GSH)レベルが上昇することを報告し、その機構としてGSH合成酵素γ-グルタミルシステイン合成酵素(GCS)活性化を提唱した。MPSTの有無による蛋白質過硫化状態の変化が、GCS活性と関わるかを活性測定やマレイミド法による過硫化検出により明らかにする。 H2SnはアストロサイトにおいてTRPA1チャネルを活性化させ、細胞内Ca2+濃度上昇、D-セリン放出を誘発しNMDA受容体活性を上昇させる。MPSTにより神経細胞で産生されたH2S、H2Snは、TRPA1チャネルを活性化する他、NMDA受容体を過硫化して受容体を活性化する。このようにTRPA1とMPSTいずれもNMDA受容体を活性化する。これら2つの蛋白質の相互作用を生体レベル、細胞レベルで詳細に検討していきたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、国立精神神経センターから山口東京理科大学への移動に伴い、KO動物を移動したが動物棟が6ヶ月間閉鎖され、実験に必要な動物が取得できなかったため次年度使用額が生じた。今後は、ラットの飼育費、遺伝子型確認のためのPCR消耗品、プライマー、酵素、シーケンス(外注)費用が必要である。得られたKOラットはLC-MS/MS、HPLC解析、生化学実験、行動実験、ウェスタン解析等に使用する。そのため実験消耗品、抗体、試薬、メタノール等が必要である。
|